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2015年04月30日

技術の進歩によって逆に技術に浸食されないものの価値が高まる時代│岩崎夏海

映像の進化

『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』作者の岩崎夏海さんが、混沌とした現代をどうとらえればいいのか? を書き綴っていく社会評論コラム。この記事は岩崎夏海メールマガジン『ハックルベリーに会いに行く』よりお届けします。

テクノロジーの進化によってますます価値が高まる映像の世界

「映像」というのは古くて新しいメディアである。このメディアの耐用年数は意外に長い。今後、新しいテクノロジーによって浸食される可能性は少ない。いやむしろ、新しいテクノロジーによってますますその価値を高めるのではないだろうか。今日は、そのことについて書きたい。

最近、映像についてあれこれと考えている。すると、映像というものの「強さ」をつくづく実感する。映像は、実はその発明初期から未来を悲観されていた。リュミーエル兄弟は、その新奇性が薄れれば誰にも見向きされなくなると考えた。エジソンは、映像は大勢が映画館で見るのではなく、個人がキネトスコープで楽しむ趣味的なものになると考えた。

しかし、そうはならなかった。映像は発明されてから100年経っても飽きられていないし、映画館にもたくさんの人々が押し寄せている。

CGの発達で、逆に人間の価値が高まった

この100年の間に、映像産業にはいくつかの転機があった。その中でも最も大きかったのはCGの発明だろう。CGの発明に先立って、世界には「ロボットの流行」というものがあった。そこで人々は、「やがてロボットが進化すれば、彼らに演技をさせられるようになる。そうなると、例えば爆破するといった人間には不可能な演技もできるようになるので、やがて人間の役者は必要なくなるのではないか」などと考えた。

それから時代を経て、CGの技術が発達した。すると、CGはかなり自由度が高いので、必ずしも人間が演技する必要がなくなった。つまり、ロボットが流行した時代に夢想した未来が現実化したのだ。CGの世界では、人間を爆発させることなどお手のものだった。

しかし、それによって人間が必要なくなったかというと、そんなことはない。今そんなことを言えば、物笑いの種になるだろう。CGが発達すればするほど分かったのは、「CGはけっして人間の代替をできない」ということだった。CGが発達したことによって、逆に人間の価値が高まったのである。

リアリティのある映像には決して廃れない価値がある

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今現在、映画産業は全世界で右肩下がりだ。その原因はいろいろと考えられるが、大きな理由の一つに「CGに飽きた」ということがある。1990年代から始まったCGブームは、瞬く間に世界を覆い尽くした。CGの利点はいくつかあるが、大きく分けて「現実では撮影できない映像を作れること」と」「予算が安く済むこと」があるだろう。

そうして人々は、最初はその新奇性や経済性に夢中になったのだが、しかしやがて「飽きる」という問題に突き当たった。CGを楽しむということは、意外に耐用年数が低かったのだ。それこそ、リュミエール兄弟が映像において危惧したことが、この業界で起こってしまったのである。

そのため映像産業–とりわけ映画では、CGが前面に押し出されることは少なくなった。今ではむしろ「どれだけCGを使っていないか」が価値になるほどである。それは、手巻き時計とクォーツ時計の関係にも似ている。第二次大戦後、クォーツ時計が発明されるとブームになって、一時は世界中を席巻した。しかしその技術がコモディティ化すると、今度は飽きられ、次第に価値を失っていった。その際、熟練の職人が作る手巻き時計は、その価値を失わないどころか、逆にその高めていったのである。そうして、かつてない隆盛を誇るようになったのだ。

映像というのは、おそらくこれと同種の廃れない価値を持っている。それは、CGが発明されても廃れなかったし、3Dが発明されても廃れなかった。今後、ヴァーチャルリアリティが流行しても、けっして廃れないだろう。いやむしろ、ヴァーチャルリアリティの流行が一段落したときに、まるで手巻き時計のように、相対的にその価値を高めていくはずだ。

「最先端技術」と「プリミティブな価値」とに二分される

なぜ映像にそこまでの価値があるかというのは、話が長くなるのでまた別の機会に書くことにしたいが、映像そのものは、歴史が浅いにもかかわらず、絵画や音楽、あるいは文学や演劇といった、数千年続いている人類にとってプリミティブな芸術に比肩するくらい、大きな価値を有している。

そういう「技術に浸食されないプリミティブな価値」というのが、21世紀の大きなトレンドになるのではないだろうか。もちろんそれは、技術の進歩があってこその話である。それゆえ、これからの世の中は「最先端技術」と「プリミティブな価値」が二大勢力として併存する形になるだろう。そして皮肉な話だが、技術が進歩すればするほど、それによって廃れないものの価値は相対的に高まっていくのだ。

映像というものにおいても、CGという技術発達する以前の、具体的にいえば1960年代後半から80年代前半にかけて作られた作品に、再びスポットが当たるのではないかと考えている。

企画:プレタポルテby夜間飛行

◆岩崎夏海メールマガジン「ハックルベリーに会いに行く」
毎朝6時、スマホに2000字の「未来予測」が届きます。このメルマガは、『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』(通称『もしドラ』)作者の岩崎夏海が、長年コンテンツ業界で仕事をする中で培った「価値の読み解き方」を駆使し、混沌とした現代をどうとらえればいいのか?――また未来はどうなるのか?――を書き綴っていく社会評論コラムです。ご購読・詳細はこちら岩崎夏海岩崎夏海(いわさきなつみ)
1968年生。東京都日野市出身。 東京芸術大学建築科卒業後、作詞家の秋元康氏に師事。放送作家として『とんねるずのみなさんのおかげです』『ダウンタウンのごっつええ感じ』など、主にバラエティ番組の制作に参加。その後AKB48のプロデュースなどにも携わる。 2009年12月、初めての出版作品となる『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』(累計273万部)を著す。近著に自身が代表を務める「部屋を考える会」著「部屋を活かせば人生が変わる」(累計3万部)などがある。