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2015年02月03日

一生懸命だけど、こだわりを持たない生き方│岩崎夏海

一生懸命だけどこだわりを持たない生き方

『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』作者の岩崎夏海さんが、混沌とした現代をどうとらえればいいのか? を書き綴っていく社会評論コラム。この記事は岩崎夏海メールマガジン『ハックルベリーに会いに行く』よりお届けします。

ぼくの妻には芸名がある。「岩間よいこ」というのだが、元お笑い芸人なので、今でもこの名前で通している。

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彼女は現在、ぼくが経営する「源氏山楼」という会社で働いている。

源氏山楼

ただ、働き始めたのは最近だ。彼女はそれまで、実にさまざまなことをしてきた。そのどれもを、一生懸命やりつつも、同時にこだわりを持たず、捨てるときはパッと捨ててきた。その生き方がとてもユニークだと思ったので、今日はそれを紹介したい。

もともとそういうキャラクターなのか、あるいは考えてそうしているのかは分からないが、岩間よいこはこだわりを捨てることを苦としない。一生懸命取り組んでいたことでも、いざとなったらパッと捨て、身軽に方向転換することができる。

最初の方向転換は大学生のときだった。

高校生のとき、家にお金がなかったので、返済義務のある奨学金を借りて名古屋の私立大学に入学した。中学までの成績はあまり良くなかったから、大学受験のときは体重が激減するほど勉強したという。

ところが、そうして苦労して入った大学であるにもかかわらず、通ってみるとそれほど面白くなかった。すると彼女は、二年生のとき急に「お笑い」に目覚め、いきなり大学を中退すると、単身上京してお笑いの養成所に入ったのだ。芸能事務所である「ワタナベエンターテインメント」傘下にある「ワタナベコメディスクール」というところだった。

よいこは、そこに一年間通った後、晴れてオーディションに合格し、ワタナベエンターテインメント所属のお笑い芸人になった。ただ、所属といっても定期的な収入があるわけではなく、アルバイトをしながらの生活だったので、プロというよりはプロ未満という感じだった。

それでも彼女は、事務所に入ってからもコツコツと努力を積み重ね、2011年にR-1グランプリで準決勝に進出したり、単発で「あらびき団」に出演したりと、ちょっとした足がかりを掴みかけた。

ところが、そうした頃合いでお笑い業界に大きな変化が訪れた。お笑いブームが終わってしまったのだ。お笑いブームは、2012年にネタ番組がバタバタとなくなったことで、急速に終焉を迎えた。芸人がテレビに出たり、売れたりするチャンスは激減した。

それでいながら、お笑い芸人志望の若者は増える一方だった。それまで続いていたお笑いブームの影響で、たくさんのお笑い養成所ができ、たくさんの若者がそこを卒業していたからだ。

そんなふうに、競争相手は増える一方、プロになるための方法は激減してしまった。そのため、若手お笑い芸人を巡る状況は急に厳しくなり、チャンスを掴みかけていたよいこも、それが最早チャンスとはいえなくなってしまった。

そこで彼女は、きっぱりとお笑い芸人を諦める。彼女は、依然としてお笑いは好きだったが、その厳しすぎる競争を勝ち抜ける力が自分にはない――と客観的に判断したのだ。

よいこは、お笑いも好きだったがお酒も好きだった。お笑い芸人になろうと思った動機も、半分は「好きなお笑い仲間と酒席で盛り上がれる」からであった。

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そうして、後者の目的は早々に達せられていた。養成所時代から、同好の士とお酒を酌み交わすことを趣味としていたからだ。ただ、そういうふうに遊んでいては、とてもではないがプロになるための競争を勝ち抜けない状況になってしまった。そこでよいこは、「自分には遊びを止めることができない」と感じ、プロになる道を諦めたのだ。

そこから彼女は再び方向転換をして、今度は栄養士の学校に入学した。料理の勉強をするためだ。よいこは、家庭の事情で幼い頃から自分で自分の食事を作っていたので、料理することが得意だった。また、お酒が好きだったので、おつまみに美味しいものを作るのも好きだった。だから、趣味と実益を兼ねて料理をもっと勉強したいと考えたのだ。その際、調理の腕はすでにあったから、自分に足りないものを身につけようと、「栄養学」を勉強することにしたのだ。

そうして新たな目標を見つけたよいこは、2年間、栄養士の学校に通うと、晴れて栄養士の資格を取得した。

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ただ、卒業後の方向性に少し悩んだ。というのも、資格は取っても、必ずしも栄養士になりたいわけではなかったからだ。その知識を活かして、料理人になるのが目的だった。しかしながら、料理をどう仕事に結びつければいいのか、すぐには分からなかった。

そうして、ちょっと目標を見失った。そのため半年間ほど、何をしていいか分からない時期があった。そんなとき、ぼくが経営する源氏山楼が、新しく人材を求めていた。それで、「何もしていないのなら手伝わないか」と声をかけると、彼女はそれに応じ、2014年の7月から、一緒に働き始めたのである。

そこで彼女は、昔取った杵柄で、源氏山楼が制作するYouTubeチャンネルにタレントとして出演するようになった。そこで、これも持ち前のスキルを活かして料理を作ったり、あるいは最近では、慣れないゲーム動画に挑戦したりもしている。

あるいは、料理動画「よいこの酔いどれクッキング」のまとめブログや、会社の活動記録ブログなども運営しはじめた。

よいこの酔いどれブログ

源氏山楼日記

ブログを始めてみると、彼女には意外な文才と、それ以上に写真の才能があることが分かった。ただ、これは芸人時代からの悩みなのだが、彼女はリアクションがとても薄いため、可愛げがなく、なかなか人気が出なかった。そのため、彼女の動画やブログも、なかなか視聴数が伸びなかった。それでも、彼女はここでも、そういう新たな挑戦に、一生懸命取り組んでいる。

そんなふうに、よいこは大学に入ってからこれまでの10年間、何度も大きな方向転換をしてきた。それも、そのときどきで一生懸命取り組んでいたにもかかわらず、変わるときにはこだわりを捨て、パッと身を翻すことができていた。

そういう、一生懸命でありながらこだわりを持たない生き方は、ぼくや周囲に強いインスパイアを与えている。ふとした壁につき合ったとき、自分もいざとなったらよいこのようにこだわりを捨てればいいんだと考えられて、気が楽になるからだ。

そんなふうに、周囲にいい影響を与えつつ、しかし彼女自身は、そんな眼差しにもこだわることなく、今夜も晩酌を楽しみながら生きている。

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企画:プレタポルテby夜間飛行

◆岩崎夏海メールマガジン「ハックルベリーに会いに行く」
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岩崎夏海岩崎夏海(いわさきなつみ)
1968年生。東京都日野市出身。 東京芸術大学建築科卒業後、作詞家の秋元康氏に師事。放送作家として『とんねるずのみなさんのおかげです』『ダウンタウンのごっつええ感じ』など、主にバラエティ番組の制作に参加。その後AKB48のプロデュースなどにも携わる。 2009年12月、初めての出版作品となる『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』(累計273万部)を著す。近著に自身が代表を務める「部屋を考える会」著「部屋を活かせば人生が変わる」(累計3万部)などがある。