自分の面白さを“分からせる”。M−1優勝の野田クリスタルが変化しながらもブレなかった信念とは
2020年に行われた『R-1ぐらんぷり』に続き、マヂカルラブリーとして出場した『M-1グランプリ』で優勝し、二冠を達成した野田クリスタルさん。『天才』『我流』とも称されながら、意外にも自身では「天才ではない」と話す野田さんに、お笑いとの向き合い方や、ブレずに貫き通してきたこと、自身を救ったエピソードなどを伺いました。
“面白いことを突き詰めたい”という信念だけは昔からずっと変わらない
――高校生の頃にお笑いのオーディションを受けられていますが、この世界を目指した時から今のようなスタイルでいこうと思っていたのでしょうか?
以前組んでいたコンビを解散して、ピン芸人としてやっていた時代もあるので、もともと決まったスタイルというのはありませんでした。特にピンでやっていた頃は、自分が面白いと思うことを突き詰めるのが好きで、観客が笑わなくても関係ないと思っていました。今もその気持ちは変わっていなのですが、当時は自分が思いついたことをやることに意味があると思っていたんです。
――それがマヂカルラブリーを結成してどのように変化したのでしょうか?
結成した頃は主に地下ライブで活動をしていて、一部では評価をいただいていました。でも、芸人としてもっと売れたいと思うようになった時期でもあったので、ピン芸人だった頃に比べると、地下要素を残しつつもう少しお客さんが共感しやすいようなネタを作る方向に変化していました。
――売れたいと強く思うようになった要因は?
お笑いだけでは食べていけなかったこともあるんですけど、お金の問題だけじゃなくて、まず売れないと仕事がない。仕事がないということは、ネタを披露する機会がないっていうことなんです。昔は観客が笑わなくても面白ければと思っていましたけど、披露出来ないとそれ以前の問題ですよね(苦笑)。自分の頭の中だけでネタを考えていても仕方ないですし、もっと自分が知らない世界を見たいと思った時に、賞レースも視野に入れるようになりました。
誰もやっていないことを探して勝ちにいった『M-1グランプリ』
――『我流』と称されることも多いマヂカルラブリーさんですが、その時々でスタイルも変化しているんですね。
そうですね。山ほど変化はしてきました(笑)。『M-1グランプリ』で優勝したことで、僕が“話さず動きだけ”で表現するスタイルが定着しましたが、ネタとしてはそれだけにこだわっているわけでもないんです。
――過去を遡ると、2017年の『M−1グランプリ』で、そのスタイルを審査員に酷評され、最下位になっても今年はそれを貫いて優勝したというイメージが強かったのですが…。
それはスタイルを無理に変えなかったわけではなくて、今までにボケ役が“動きだけ”で表現するコンビがいなかったから、誰もやっていないことにこだわることで賞レースを勝ちにいったという感じでした。だから、本来の自分たち流かと言われるとまた違って、もし賞レースに関係なくネタを作っていたら、また違うスタイルでやっていたと思うんです。
――勝ちにこだわっての戦略でもあったと。
そうですね。もちろん自分たちが面白いと思えていることを形にすることが根底にはありますけど、表現方法は1つではないので。今までも試行錯誤はたくさんしてきましたし、今のスタイルもまたどんどん変化をしていくと思います。
――今日は、自分たちのスタイルを変えずに周囲から認められるために必要なヒントを伺おうと思って来たのですが(笑)。
すみません、むしろその時々で変わってきた感じなんです(笑)。だから唯一ずっと変えずにきたのは、逆に“スタイルを決めないこと”だったのかもしれません。今後も変わっていくでしょうし、極端な話をするとボケツッコミの役割もどちからに決める必要はないのかなと。
自分に残されているものを探すことで未来がつながった
――変化させていくこと=芯がぶれていることではないと。それだけ柔軟でいられるのはどうしてなんでしょうか。迷ったり心が折れることはないですか?
漫画の『ONE PIECE』で好きなシーンがあって、大切なものを失った主人公のルフィに、ジンベエが『まだ自分に残っているものを探せ』的なことを言うんです。それは自分の信条にもなっています。
――どういった時に、その言葉が浮かぶのでしょうか?
たとえば、さっきも話に出た2017年の『M−1グランプリ』のあとは、もう漫才が出来ないかもしれないと思いました。すごくショックでしたけど、ずっとこの世界で生きたいと思っていたので、自分にまだ残されているものを必死に考えました。それで、漫才がダメでも「コントがある」「ゲームがある」「体を鍛えているからマッチョがある」という3つに思い当たることが出来たんです。
――つまずいても全てを諦める必要はないと。
そうですね。それを突き詰めた結果、翌年に『キングオブコント』で決勝進出、ゲームを生かして『R−1ぐらんぷり』でも優勝が出来ました。マッチョは何に使えているかは分からないですけど、話のネタにはなっていますね(笑)。だから、結果的に、あの時に『自分に残されているもの』を必死で考えて出てきたものが、僕をお笑いの世界につなぎとめてくれたんだと思っています。
――どんなドラマが起きるか分からないですね。
『お笑い』というのは本来は自由に創作ができるものだから、自分の心が折れなかったら一生やれる仕事だと思うんです。だからこそ、普段から色んなものに目を向けて、自分に残されているものがたくさんある状況にしておきたいなと思うようになりましたね。1つを失ってもあきらめなければ、まだ次を探すことは出来るので。
いつも自分が面白いと感じることを相手に“分からせたい”と思ってる
――そして昨年は、過去のすべてを跳ね返して『M−1グランプリ』で優勝されましたが、どんな心境でしたか?
心の底からホッと安心しました。もともと僕のお笑いの始まりは、賞レースに出ることより、やりたいお笑いを作ることだったので、人に審査されるもので戦っている期間はかなり息苦しかったですね。でも優勝できたことで、最初にもお話しした「想像が出来ない世界」を経験することが出来ています。
――ちなみに、周囲に認められたという感覚はありますか?
認められたというよりは“やっと認めさせることが出来た”が近いですね。僕はよく“分からせた”という言葉を使うんですけど、それは上から目線ということではなくて、いつも自分が面白いと思うことを相手に分からせたい(分かってもらいたい)と思っているんです。
僕は天才ではなく、天才と思われたくてここまで頑張ってきた人間なんです(笑)
――天才とも称される野田さんなので“分からせたい”と思っているのは意外でした。
こんなことを言ったら夢がないかもしれないですけど、僕は天才ではなく天才に見られたくて頑張ってきた人間なんです(笑)。もともとは普通の両親の元で育って、何かに秀でているわけでもない。なんだったら、才能としてはちょっと人より下回っているところから始まっているので、僕だけが思いつくことなんて存在しないと思っています。僕のお笑いは、誰も思いつかなかったことをしているわけではなくて、みんなが気づいていなかったところを見つけていく“隙間産業”だと思っているので(笑)。だから、ちゃんと表現すれば伝わるはずなんです。
――天才という響きとのギャップがすごいですね。
でも天才だと思われたいから、コソ練(コソコソ練習)して新しい着眼点を探すんです(笑)。むしろ“そんな底辺から、自分を天才だと思い込むことでここまできたんだぞ!”っていうのは常に言いたいことですね(笑)。
――まずは見られたい自分を作っていくことから始めてもいいと。
そうですね。あくまで僕自身が感じることですが、売れている人が天才ばかりかというとそうでもなくて。評価されている人たちほど、それまでの過程を頑張ってきた人だちだと思うんですよね。
――なるほど。もしかして友だちを作らないというのも……。
天才風に見られたい一心からですね。 天才は、孤高なイメージがあるじゃないですか(笑)。でも、きっと本当の天才は、そういうことにさえ、こだわらないと思うんですけど。
大変だと感じる時は、状況をゲームに置き換えたり客観視することで楽になれる
――では、仕事が上手くいかない時やしんどい時はどう対応していますか?
しんどい時はどうしたってしんどいんですよ。現実逃避をしても、その原因がなくなるまでは解消しないと思うのでひたすらやり続けるしかないと思っています。でも遊び心を持つために、ゲーム感覚に切り替えて『俺はこの状況をどう捌(さば)けるかゲーム!』をやっていると考えるのはオススメです。
――自分を客観視できるようになりそうですね。
それと、解決策がなくてモヤモヤしている状態の時は、自分の脳内に「今なんか、にがめの辛脳汁(つらのうじる)が出ちゃってるなぁ」と思うようにしています。
――脳に辛いと感じる液体が出ていると(笑)。
辛い時も現実世界は何も変わっていなくて、自分の脳内だけがしんどい状態なわけだから「脳内ににがい汁が出ちゃってるなぁ」と考えます。自分の症状を知るだけで楽になることってあるじゃないですか。重病な気がしていたけど、医者に風邪と診断されたらホッとするみたいな。それと同じですね。人に八つ当たりしても逃避しても変わらないものだからこそ、自分の中で上手に消化したいと思っています。
――では最後になりますが、Nintendo Switchから野田さんの自作ゲーム『スーパー野田ゲーPARTY』が発売されるということで一言お願いします。
昔からゲームを作るのが好きで、いつか商品化したいと思っていました。でも、それは一生叶わないかもしれないと思っていたので感動ですね。商品化は自分の中で、最初に描いていたゴール地点でもあったので良かったら手にしてもらえると嬉しいです。
野田クリスタル(マヂカルラブリー)
出身地:神奈川県 横浜市 生年月日:1986年11月28日
2002年、高校在学中の15歳でTBSテレビ『学校へ行こう!』の「お笑いインターハイ」で優勝。お笑い界を目指し、吉本興業のオーディションを受けたのち、2007年に相方の村上とマヂカルラブリーを結成。独自のネタで挑んだ2017年の『M-1グランプリ』では、野田が話さず動きだけで表現する「野田ミュージカル」を披露。審査員に酷評されるも、昨年は悲願の優勝を果たす。また同年、ピン芸人としても『R-1ぐらんぷり』で王者となり二冠を達成している。
◆野田クリスタル Official Twitter:@nodacry
『野田の日記 2006-2011(はじめのほう)
それでも僕が書き続ける理由』
価格:¥1,300(税抜) 発売中
『野田の日記 2012-2020(あとのほう)
それでも僕が書き続ける理由』
価格:¥1,300(税抜) 発売中
企画・編集:ぽっくんワールド企画 撮影・河井彩美 取材・文:原 千夏