カレー沢薫の「バイト丸わかり図鑑」スーパー銭湯バイト編
日々やりたいこともなく、ただやりたくないことから逃げるためだけに、スマホを一日14時間37分摩擦し続ける毎日だ。
何故時間がやたら細かいかというと、スマホが聞いてもないのに「お前は毎日これだけスマホをいじっている、恥ずかしくないのか、今年40だろ」と教えてくれるからである。
しかし、逆に言えば毎日14時間以上のやりたくないことがあり、その結構膨大な時間をスマホ一台で浪費できているのだから「良い人生、良い時代になった」と思わずにいられない。
今から20年前、私はやりたいことはもちろんなかったが、やるべきこともなく、さらに時間を捨てるドブすらなかった。
それを思えば一人一台無限に時間を捨てられる、スマホことmyドブを持てる現代人は恵まれている。
では恵まれていなかった虚無の時代に、どうやって時間を空費していたかと言うと、ネットカフェ、そして「スーパー銭湯」によく行っていた。
お前の村にスーパー銭湯なんてあるのか、と思うかもしれないが、むしろ田舎ほど古き良き昔ながらの銭湯みたいなものは存在しない。
何せ全体人口が少ないので、地元の老や一部の好事家だけをターゲットにするやり方ではやっていけないのである。
それよりも、ソフトクリームが美味いです、アメニティが凝ってます、老若男女楽しめます、と言うハリウッド映画みたいな作りのスーパー銭湯の方が生き残るのだ。
実際スーパー銭湯という名前も、とりあえずスーパーとつけておけば子供のテンションが上がるからではなく「娯楽性の強い銭湯」という意味で、銭湯が一般公衆浴場にあたるのに対し、スーパー銭湯はその他の公衆浴場になるそうだ。
ちなみにそれらは「公衆浴場法」で定められているらしい。
この世にはまだ知らない法律がたくさんある、知らない内に知らない法律に引っかかってそうで怖い。
娯楽銭湯の名に恥じなく、スーパー銭湯は銭湯だけでなくレストランやフィットネス、ゲームセンター惰眠を貪るスペースなどが併設されているため、1日時間を潰すことも可能なので、虚無の時代によくお世話になっていた。
また最近は「サウナで体を熱し、冷や水で急激に冷ます」というガラスなら粉々になってもおかしくない、繊細さに欠ける人間にぴったりの方法で自律神経を粛清することを「ととのう」と呼び、人気になっている。
今回紹介するのは、そんな私の若い時間をたくさん使わせてくれたスーパー銭湯のアルバイトである。
銭湯のバイトといったら、浴場をデッキブラシで擦っている姿がまず思い浮かぶだろう。
若人にはそんなイメージ一切ない可能性もあるが、スーパー銭湯の清掃業務は営業終了後だけではない。
営業中も浴場のゴミ回収や、足場のマット交換、脱衣所のフロア掃除など、細かな清掃を行う。
他にも使用済みタオルの交換や、浴場の温度や水質チェック、アメニティの補充なども行う。
閉店後には例のデッキブラシなどで浴槽やサウナの清掃を行うが、店舗によってはこれらの清掃は外注でアルバイトはやらない場合もある。
やはり銭湯と言えば清潔感が大事だ。
全裸の他人と同じ湯船に浸かるというダイナミック行為をしようというのに、細かい清潔感にこだわるなどおかしいと思うかもしれないが、細部が汚いことにより、今からダイナミックする浴場は地獄のように汚いというイメージにもなりかねないのだ。
よって、スーパー銭湯の浴室や脱衣所まわりのアルバイトは、細かいところによく気がつくタイプが向いていると言われている。
逆に私のように、自室の床が腐るまで気づかない、衛生に関する意識がダイナミックな人間は、仕事の感覚を掴むのに多少苦労するかもしれない。
次に、スーパー銭湯の主なアルバイトと言えばフロント業務である。
フロントの仕事は、入館手続き、料金精算、タオル等の貸し出しや、ロッカーの鍵などの受け渡しを行う。
また初見の客に、館内施設やシステムの説明をすることも多い。
よってまず自分が施設や館内システムのことを理解しなければいけない、万が一女湯と男湯を間違えたりしたら惨事である。
スーパー銭湯自体が「全人類来てくれ」という姿勢なため、広い客層に対する対応力が求められるそうだ。
また最近は外国人客も増えているようなので、外国語スキルが活かせるという。
また、何せ人間が全裸で憩う場所なため、客の施設に関する要望は多めだそうだ。
それらに、パニックになり自らも全裸で対抗しないだけの、落ち着きと対応力が必要になってくるという。
また浴場だけではなく、併設されているレストランでホールやキッチンとして働くこともできる。
スーパー銭湯には業務後、風呂を利用して良いという場合もあるそうだ。
猫型ロボットアニメのヒロインからすると考えられないかもしれないが、風呂を面倒と感じる人もいる。
そういう人間にとって「バイトからから帰って風呂」というのは「仕事から帰って仕事」ぐらいだるいのでつい風呂から勇気ある撤退してしまい、髪が独特の光沢を放ち周囲が自分から撤退することになりかねない。
それが「バイト先で風呂を済ませられる」となればすごく楽なので、自分の清潔感も維持したいという人は、風呂利用OKの求人を探してみても良いかもしれない。
私はスマホというmyドブを手に入れてしまったため、スーパー銭湯は長らく行っていないが、いつの時代も時間を持て合している人はいる。
そんな人にとってスーパー銭湯は今もオアシスだろう。
私もむしろより長時間スマホを擦れるように、たまにはスーパー銭湯で熱したり冷やされたり電流を流されたりして、コンディションを整えていきたいと思う。
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