募集情報
【所長の山田喜久子です!】訪問看護未経験でも看護と地域に対する思いがあれば誰でも活躍できます!不安な方はまずはご応募ください^^
アピールポイント: 「 母に勧められた道から、私が選んだ訪問看護の道へ 」 私は母の勧めで看護師になりました。 本当は臨床検査技師を志望していたのですが、「手に職をつけた方がいい」と背中を押されて看護師の道へ進んだんです。正直、人と関わるのは得意な方ではなくて、新人の頃は30分の勤務がとても長く感じられたものです。 それでも少しずつ慣れていき、渋谷の日本赤十字社医療センターに10年ほど勤めました。最初は病棟で経験を積み、その後は結婚や出産を経て、外来で眼科や婦人科を担当しました。子どもは3人おりますが、3人目の時は育休を取らずに退職しました。 その後、杉並の病院に復職。家から歩いて10分ほどの距離で、子育てしながら働くにはとても助かりましたね…31歳から60歳まで、30年あまりをその病院で過ごし、定年を1年延長して61歳で退職しました。 病院に勤めながら清瀬の看護研修学校に通い、管理専攻を学んだこともあります。平日は学校、土曜日だけ病院勤務という生活でした。 病棟では整形外科や小児科の混合病棟などを経験し、46歳で看護部長を任されて10年。その後は病院内で新しい部署を立ち上げたり、経営改善に携わったりもしました。 やがて病院の経営が傾き、58歳のときに病院内の訪問看護へ異動になりました。初めて外に出て訪問する仕事に就いたときは、玄関で「行ってきます」と声をかけて外に出る瞬間が嬉しくて、病院とは違う新鮮さを感じましたね。実は40歳ごろに点滴で訪問した経験があり、そのときから訪問看護に関心はあったんです。でも管理職の道に進んでしまい、機会を逃していたと感じていました。 定年後は「自分の手で訪問看護をつくってみたい」という思いが強くなり、経営と現場の両方をやってみることに挑戦しました!ちょうど看護師でも訪問看護ステーションを開設できると知り、それが大きな後押しになりました。年上の同僚が先に開業していたこともあり、その事業所で1年半学びながら、自分の開設を実現しました! 「ののはな訪問看護ステーション」という名前は、頭に浮かんだ歌 『野に咲く花』 からとり、画数の良さもあってひらがな表記にしました。誰にでもそっと寄り添える存在でありたい!そんな思いを込めています。 法人名の「株式会社JOY」は、私の名前 山田喜久子 の「喜ぶ」から由来し、“楽しく働けるように” という願いを込めました^^ 訪問看護には、病院とはまた違ったやりがいがあります。 ご利用者やご家族の暮らしに直接関わり、その人らしさを支えることができるのです。外に出て地域の風を感じながら働くのは、70代になった今でも心が弾む瞬間です。 一人ひとりの声に耳を傾け、その方が大切にしている生活を尊重しながら寄り添う──これが訪問看護の魅力だと思います。病院のように入退院の慌ただしさに追われることなく、一件一件にじっくり向き合えるからです。 私が大切にしているのは「信頼を裏切らないこと」と「その人らしい生活を支えること」。食事・睡眠・排泄・清潔といった日常の基本を丁寧に確認し、ご利用者が安心して暮らせる環境を整えることを心がけています。また、地域の関係機関との信頼関係も大切に、こまめな連絡や顔の見える関係づくりを続けています。 「訪問看護は大変そう…」と思う方もいるかもしれません。でも実際には、一人ひとりと向き合う喜びがたくさんあります。私自身も、病院を離れてからもう一度“看護の楽しさ”を取り戻せたと感じています。 ぜひ、一緒に訪問看護の世界で働いてみませんか? あなたの経験や思いが、きっと地域の方々の大きな支えになると思います! ご応募お待ちしております^^ 所長 山田 喜久子より




