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2015年04月07日

本当の五月病対策~身体を動かし「どうせ」をやめる

五月病

テレビでおなじみの精神科医・名越康文(@nakoshiyasufumi)が心の悩みにズバッと答える! この記事は公式メルマガ「生きるための対話」よりお届けします。

私の5月病体験

入学や就職で新しい環境に身を置いた人が、5月の大型連休明けにプツッと電池が切れたような状態になり、何もやる気を失ってしまう。これを俗に「5月病」と言いますが、振り返ってみると僕も大学1年生の頃、近い状態に陥ったことがありました。

幼い頃からずっと、親から「勉強しろ」と言われ続けてきた僕は、「大学に受かれば勉強漬けの生活から解放される」と信じて受験勉強を嫌々ながらがんばりました。でも、実際医学部に入ってみると、(当たり前の話ですが)めちゃくちゃ勉強しなければいけないわけです。その覚悟ができていなかった僕は、最初の試験で3科目も落としてしまい、再試験を受けることになりました。

そして、再試験を受け、何とか進級が決まったあと、僕はそれこそコンセントが抜けてしまったかのように、長い抑うつ状態に突入することになりました。

そのとき、僕の脳裏に浮かんで来た問いが、「どうせ死ぬのになぜ生きるのか」というものです。これは僕の新刊のタイトル(『どうせ死ぬのになぜ生きるのか』(PHP新書))にもなったもので、僕にとっては非常に大切な問いではあるのですが、改めて考えてみると、ここにはある種の「5月病っぽさ」が非常によく現れているな、というふうにも思うんです。

ポイントは、「どうせ死ぬのになぜ生きるのか」という問いの「どうせ」という言葉にあります。この言葉には、大学の新入生や新社会人の5月病だけではなく、もっと広く、現代人すべてが陥りやすい「思考の罠」のようなものが隠れているように思うんです。

「どうせ」というくせものキーワード

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「どうせ」という言葉はくせものです。

「どうせ汚れるのになぜ掃除するのか」
「どうせ腹が減るのになぜ食べるのか」
「どうせろくな人生じゃないのに、なぜがんばるのか」

……現代人の思考の中には、こんなふうに「どうせ」が蔓延しています。

なぜ僕らは「どうせ」という思考に囚われるのか。それはおそらく、僕らが常に結果を求め、目標を達成することを求められる社会に生きているからだと僕は考えます。

学校でも、会社でも、家庭でも、私たちは常日頃から「目標」や「目的」、あるいは「結果」を求められます。しかし現実には、世の中の物事は必ずしも明快な結果が出るものばかりではありません。現実は厳しく、良い結果を出すことが難しいから……ということもありますが、そもそも社会に出てから僕たちが向き合う物事は、白黒はっきりつかないものが多いのです。受験勉強のように「合格」「不合格」といったはっきりとした<結果>が目に見えるのは例外で、たいていの物事は、善悪、正誤、良い悪いの評価をはっきりとつけることは難しい。

必死に努力して手に入れた成果が、手に入れてみると良いとも悪いとも言えない、何とも手応えのないかげろうのようなしろものだと気づいたとき、僕らは「人生とは、なんと空虚なものだ」と感じてしまわざるを得ないでしょう。努力しても、悩んでも、考えても、「どうせ」最後には死んでしまう。だとすれば、何のために僕たちは生きているんだろう。

目的至上主義を突き詰めていけば、人は「どうせ……」という空虚さに突き当たらざるを得ないのです。

五月病の正体

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五月病というのは、私流にいうと、それまで目的を追い続けることに疑問を持たずに人生を送って来た人が、初めて「目的を達成することの空しさ」を体感することによって招き入れてしまう、抑うつ状態ということになると思います。

考えてみると、これはなかなか厄介な病です。「大学に入ること」や「就職すること」を目的に生きてきた人が、長い努力の末にその目標に到達した瞬間、長い長い、目的の見えづらい人生の道に立たされる。自分があれほど努力して得たものは何だったのか、という空虚さに囚われてしまう。

そして、その空虚さを埋めようと、ある人は「一生懸命勉強を頑張ろう」とするし、ある人は「資格を取ろう」とする。「とにかく出世してやる」とがむしゃらに仕事に全力を傾けようとする人もいるでしょう。

しかし、よくよく考えてみると、それもまた「目的を追いかけ続ける人生」にほかなりません。目的を追いかけ続ける人生に絶望した人が、その空虚さを埋めるために新たな目的を追いかける。そのことの滑稽さに気づいた瞬間、人は人間存在というものが抱えている、根本的な空虚さに打ちのめされてしまう。僕はこれこそが、五月病の本質だと思うのです。

身体を動かせ!

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目的を追いかけ続ける人生に、どこかでいったん終止符を打って、少し異なる次元に立たない限り、僕たちは五月病とは無縁でいられません。

お金儲けや恋愛、あるいは名誉。何であれ「目的」や「目標」あるいは「結果」を追いかけ続ける限り、僕らは例外なく「五月病」予備軍です。もちろん、目的を追い続ける限りは力強く人生を歩むことができるでしょう。目的を達成することの空虚さに気づいてしまった瞬間、それまでの人生がいかに空虚なものであったかということを思い知らされてしまうことになります。

ではどうしたらいいのか。僕は、この厄介な五月病に向き合うためには、やはり「身体」に向き合うしか方法はないだろうと考えます。

というのも、身体というのは、目的意識に支配された僕たちにとって、常に(いい意味でも、悪い意味でも)予測を裏切り続ける存在だからです。

スポーツや武道、あるいは茶道や能といった、身体を使った芸事に取り組んだことがある人であれば、僕たちの身体には、僕たちの想像をはるかに超えた可能性が眠っていることを知っています。

一方で、病や身体のかたさや弱さ、あるいは故障といったものは、僕たちの身体は有限であり、決して僕たちの思い通りにはならない、ということをわかりやすく教えてくれます。

身体と向き合う日々を重ねていれば、身体はだんだんと、僕らの問いかけに答えてくれるようになります。そして、身体が教えてくれるのは、僕らの身体を含めた世界が、「原因があり、結果がある」という一方向的な因果関係だけで出来上がっているわけではない、ということなのです。

あなたの毎日は、一見同じことの繰り返しに見えるかもしれません。しかし本当は、同じことは決して起きていません。一回性こそが世界の真実です。だとすれば、人生の本質とはその一回性の「今、ここ」を、いかに充実して生きるか、ということ以外にはありません。

目的を追いかけ続ける人生は、未来の目的や結果のために「今、ここ」を犠牲にしてしまうことになるでしょう。あなたが本当の意味で充実した人生を送るために必要なことは、かけがえのないあなたの身体を動かし、「今、ここ」に向き合うことなのです。

一日一回、15分以上のまとまった時間、必ず身体を動かす習慣を身につけてください。たったそれだけのことでも、2か月、3か月と続けていくうちに、心の中から「どうせ」という言葉が消えていきます。身体を動かし、「今、ここ」に向き合い続けること。それこそが、五月病から脱するカギなのです。

企画:プレタポルテby夜間飛行

<関連書籍情報>
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精神科医・名越康文名越康文(なこしやすふみ)
1960年、奈良県生まれ。精神科医。臨床に携わる一方で、テレビ・ラジオでコメンテーター、映画評論、漫画分析など様々な分野で活躍中。著書に『毎日トクしている人の秘密』(PHP、2012)、『自分を支える心の技法 対人関係を変える9つのレッスン』(医学書院、2012)、『驚く力 さえない毎日から抜け出す64のヒント』(夜間飛行、2013)などがある。