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2015年10月05日

「才能」とは何か──才能を伸ばすために知っておきたいこと

Schoolboy under bright lightbulb

テレビでおなじみの精神科医・名越康文(@nakoshiyasufumi)が心の悩みにズバッと答える! この記事は公式メルマガ「生きるための対話」よりお届けします。

才能の本質は、誰も評価のくだしようがない場所に宿る

「人は誰でも、その人だけの才能を持っている」ということがよくいわれます。確かに、一言で「才能」といっても多様です。頭が良い人には学者の才能があるかもしれないし、発想の斬新さを持つ人は、アーティストの才能を持っているかもしれない。運動能力の高い人は、アスリートとしての才能に恵まれている、といえるかもしれない。

でも、もしそういうものだけを「才能」と呼ぶのであれば、やはり才能というのは、一部の恵まれた人だけに宿るもの、というほかないでしょう。なぜなら、現実問題としてそれらの「才能」を開花させ、大きな成功を収めている人はごく一部だからです。あるいは、若い頃「才能がある」と評価されたとしても、その世界で20年、30年という時間を経てなお高い評価を得続ける人は残念ながら、わずかです。

しかし僕は、そうした現実を踏まえた上で、やはり「人は誰でも、その人だけの才能を持っている」といいたい。それは僕が、「才能」というもの本質は「まだ他人からの評価が定まっていない能力」だと考えているからです。

計算が早い、歌が上手い、上手に踊れる、端正な文章を書く……もちろんそれらを「才能」と呼ぶことを僕は否定しません。しかし、後に世界を驚かせるような才能というのは、ほとんどの場合、その才能が現れ始めた初期の段階においては、そんなふうに「わかりやすい評価軸」で評価しようのないしろものだったと思うんです。

考えてみれば当然のことです。まだその価値を評価する物差しを誰も持っていないような才能だからこそ、本当の意味で「世界を動かす」「世界を変える」ことができるのですから。

エジソンにしても、ライト兄弟にしても、スティーブ・ジョブズにしてもそうです。彼らのような天才は、社会的に成功するまでは、周囲から「変人」「役立たず」といわれることが多かったわけですが、まさにそうした「役立たず」と評価されるような部分にこそ、彼らの「才能」は宿っていたのです。

つまりそれは、他の誰にも似ていない、その人独自の感覚世界に寄り添った能力、ということです。それは、周囲のほとんどの人間が正しくその価値を評価することが困難であるような感性です。

私たちはエジソンが作った電球や、ライト兄弟が作った飛行機や、スティーブ・ジョブズが作ったiPhoneの素晴らしさを理解することはできます。しかし、それらを生み出す元になった彼らの「感性」や「感覚世界」そのものについては、ほとんどといっていいぐらい、理解も、共感もできていないのです。

僕はそういう、周囲の理解も共感も必要としないような感性や感覚世界こそが、「才能」というものの本質ではないか、と思うのです。

周囲の誰もがすぐに理解し、賞賛するような才能というのは、いってしまえば「手垢がついた才能」です。それは過去にあった、何かの焼き直しである可能性が少なくない。本当に新鮮で、新しい世界を切り開いていくような才能は、周囲からはなかなか「才能」とは認識されないものなのです。

「才能の芽」を摘まないために

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本当の才能は、それがどんな価値を持つものなのか、開花したあとでないと評価しようがないものである。

しかし、だとすれば私たちはどうやって、それを見出し、伸ばしていけばいいのでしょうか。

まだ価値があるか、ないかわからない何か。それを「才能」と認めるにはどうしたらいいか。これは難問です。一筋縄で解けるような問題ではありません。しかし、少なくとも心理学的に、僕が「鍵」となると考えるものがあります。それは「集中」です。一人の人間が全身全霊で何かに集中しているその瞬間。そこに、その人だけの「才能」が宿る。少なくともその可能性がある、と僕は考えているんです。

たとえ周囲から評価されていなくても、高い集中力を持って行われている仕事には可能性があります。そのことで思い出すのが、『ロクの世界』というアニメーションです。

◆ロクの世界
http://worldofroku.com

発売当初、僕は担当編集者から「ぜひ騙されたと思って観てください」とDVD付書籍を渡されました。そのDVDには、だいたい20数分程度の、アニメーションが収録されていました。

観てみると、ストーリーとしては、荒野を舞台とした、一人の少女と少年が、「ロク」と言われる謎のブロックをめぐって繰り広げる冒険譚でした。

最初の印象は、正直なところ「普通」でした。もちろん、ピクサーやジブリ、あるいは日本の、クオリティの高いテレビアニメを見慣れている目からみて「普通」に感じるというのはめちゃくちゃレベルが高い、ということなんですが、それでも特に印象的だったわけではなかった。

ところが、この20数分ほどの映像体験が、1年半以上経った今でも、どういうわけか「フッ」と思い起こされる瞬間があるんです。

不思議だなあと思って、先日、同じ担当者に「あれは何なんだろうね?」と聞いてみた。すると、彼らの説明によると「ロクの世界」は、長年アニメーション業界で働いていた高尾圭さんというアニメーターが独立し、ピクサーやジブリ、あるいは既存のアニメーションとは違うロジックと手法を打ち立てようと、ほとんど独力で、途方も無い時間と労力をかけた作品なのだというんですね。

◆STUDIO UGOKI
http://ugoki.jp/about.html

◆STUDIO UGOKIのキャラクター表現について
http://ugoki.jp/event150818.html

上記のページによると、それはMulti Perspective(マルチパース)という手法らしいのですが、専門的なことについては、僕が説明するよりも、上記のページをご覧になったほうが早いでしょう。

僕がいいたいことは、それほど専門的で、素人には理解する手がかりすらないようなこだわりであっても、身体のレベルでは、アニメの素人である僕に確実に伝わっていた、ということです。たった1回だけ観た20数分のアニメを、1年半も経っても覚えている、というのはそういうことだと思うんです。

おそらく、「ロクの世界」のプロジェクトはまだ経済的に報われているとはいえないでしょうし、アニメ業界での評価も十分なものとはいえない状況でしょう。でも、そうやって評価を受けていない段階で、高い集中力をもってひとつの作品を作り上げていることの中にこそ「本当の才能」の萌芽があり、そこにこそ、新しい時代を切り開いていく「可能性」が宿ってくるのだと僕は思うんです。

狂気に満ちた集中

Biplane flying in the sky, vintage style - 3D render
飛行機作りに邁進するライト兄弟の集中力は、おそらく、周囲からすれば狂気にしか見えなかったことでしょう。しかし、その狂気に満ちた集中の中から、彼らは人類史を変えるような物を作り出したわけです。

もし、現代の若者の不幸があるとすれば、「時を忘れて没頭する」という体験を奪われがちである、ということがいえると僕は思います。これは、現代のカリキュラム主導の教育の、最大の欠点といっていいでしょう。確かに、知識やスキルを身につけるだけなら、カリキュラムをどんどんこなしたほうがいい。でも、いくら高い知識やスキルを身につけたところで、「時を忘れて没頭する」という体験が欠けていれば、人は本当の「才能」を伸ばすことができないのです。

もちろん、知識やスキルが無価値とはいいません。しかし、こと「才能」という観点だけでいうのであれば、そういったものに執着することは危険といえるのです。才能の芽を、無闇に摘んでしまっている可能性がある。

未来において価値を産むのは「現在においてその価値が未確定なもの」だけです。言い換えれば、本当の才能には、「誰からも才能を見出されない助走期間」を必要とするのです。

没入する対象を見つけよう

Boy Playing Video Game Controller
周囲からの評価をあてにせず、ただ黙々と自分の世界に没頭するというと、何か修行僧か、求道者のような印象を受ける人もおられるでしょう。しかし、必ずしもそうとは限りません。

例えば僕が子供の頃は、まだまだ「本を読むのは良いことだけど、漫画を読むのはダメ」という価値観がかなり強かった時代でした。その頃、時間を忘れて漫画を読みふけることは、多くの人から無価値で、無意味だと思われていたことだろうと思います。しかしいま、一流の漫画家として活躍している人の多くは、幼い頃に親の説教を振り切ってまで、漫画に没頭した経験を持っていただろうと思うんです。

自分の子供が1日に何時間もゲームばかりやっていたら、昔はもちろん、いまでも眉を顰める親は多いでしょう。しかし、クリエイターやプログラマーの中には、やはり人生のどこかの時間を、どっぷりとゲームに没頭することに費やした経験を持っているのではないでしょうか。

小さな子供は、大人が見てもまったくおもしろくないDVDを何度も、何度も繰り返しみます。あるシーンが「ツボ」に入ったら、そこだけを何回もリピートして見て、何回も大笑いしている。大人の感覚世界からすれば「無意味」でしかないシーンであっても、その本人には、大きな価値がある。

僕は、こういうところにこそ、本当の「才能」の芽があるのだと考えるのです。

周囲からみてどれほどそれが無意味で、無価値に見えようとも、その人間が集中しているものを邪魔してはいけない。なぜなら、何かひとつのことに没入した経験によって、才能というのは花開くからです。

「将来、収入アップにつながるから」「上司からやれと言われたから」といった理由があると、僕らは本当の意味で物事に没頭することが難しい。そういう社会的、あるいは論理的な理屈付けなく、「それ自体」に没入するということ。それが僕のいうところの「集中」です。

例えば「おにぎりを食べる」という行動ひとつとっても、米の一粒一粒の味や食感、あるいは温度を舌や口腔内で感じとり、ゆっくりと飲み込んでいくプロセスを楽しめれば、単に「栄養摂取」としておにぎりを食べるのとはまったく違った没入体験となるでしょう。

すべてが機械化され、情報化される時代において

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今回の話は、「わかる人にはわかる」し、「わからない人にはわからない」お話になってしまったかもしれません。でも、これからの時代を生きる若い人には特に、なんとなく、今回の話を心のどこかに、留めておいてもらえれば、と思います。

というのも、多くの商品が機械で生産されるようになり、あらゆるデータがgoogleで検索でき、SNSで拡散するようになった世界において、本当に「意味のある才能」とは何か? ということは、これからの時代を生き抜いていく一人ひとりの人間が、死活的問題として考えておかねばならないことだと思うからです。

機械化、情報化が進んだ現代において価値ある才能の条件。そのひとつが「ディティール」ということでしょう。例えば同じような洋服があったときに、優秀なデザイナーやファッションプロデューサーは、一瞬にして「こっちはダサいけど、こっちはダサくない」ということを判断します。そして、多くの消費者は、その判断を支持するわけです。つまり、機械やデータでは判断できない、「ダサい」「ダサくない」の最後の感性レベルのディティールを決めるのが、デザイナーに求められる重要な仕事になってきている、ということです。

もちろん、こういう「感性」レベルのことだって、時間をかければコンピューターで解析し、プログラム化することはできるかもしれません。しかし、どこまでいっても、人間を追いぬかすことはできないでしょう。なぜなら、そういったものは、個人個人の没入体験に基づいた、そのとき、その場で生まれた「新しい価値観」によるものでなければ、ほとんど無意味だからです。

これは別に、ファッションや小物といった分野に限りません。日本の輸出産業大黒柱である自動車産業だって同じです。確かに「自動車を作る作業」のほとんどは、もはや人間の仕事ではないかもしれません。しかし、最終的に出来上がった自動車に乗って、ステアリングの重量感を感じ、車を運転する運転者の「快感」に同調して、最終的な調整を行うことは、機械やデータには不可能です。

スティーブ・ジョブズが自社の発明品についてさまざまな特許を申請しているなかで、とりわけ厳重に保護しようとしたのが、iPhoneなどでおなじみのフリック入力だといわれていますが、それはきっと、フリック入力が「質感」に属する特許だったからでしょう。

ディティールを感じ取れる感性を育てること。これはおそらく、これからの時代において通用する「才能」の、必須条件といえるのではないでしょうか。

ちなみに、僕がいま一番力を入れている真言密教に「無上甚深微妙法」という言葉があります。「むじょうじんじんみみょうほう」と読みますが、これは仏陀の悟りの境地が、これ以上にないぐらい深く、「微妙な」法である、という意味です。

「微妙」という言葉を、そのまま現代語と同じ意味に捉えることはできませんが、例えばこんなふうに解釈することも可能でしょう。みんながある方向に歩いていくとき、角度にしてたった1度だけ、東にずれた方向に歩いていったとします。10メートル先であれば、ほとんど同じところを歩いているでしょう。しかし、1キロ、10キロ、100キロと、先に行けば行くほど、あなたは、それまで一緒にいた仲間たちとはまったく違う場所を歩くことになるはずです。

微妙な違いを「違い」と察知するか「同じ」と無視してしまうか。その感性の違いを作るのは何か。それは、全身全霊で物事に集中し、没入した体験ではないかというのが、僕の仮説なのです。

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精神科医・名越康文名越康文(なこしやすふみ)
1960年、奈良県生まれ。精神科医。臨床に携わる一方で、テレビ・ラジオでコメンテーター、映画評論、漫画分析など様々な分野で活躍中。著書に『毎日トクしている人の秘密』(PHP、2012)、『自分を支える心の技法 対人関係を変える9つのレッスン』(医学書院、2012)、『驚く力 さえない毎日から抜け出す64のヒント』(夜間飛行、2013)などがある。