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2017年10月17日

【コラム】「正しく疑う」ことは可能? メディアリテラシーの心理学(名越康文)

名越康文 夜間飛行 コラム メディアリテラシーの心理学

ネット上に情報が洪水のようにあふれる現代において「メディアリテラシー」を持つことが重要と昨今言われています。また昨年から「フェイクニュース」なる言葉も流行し、情報に対しての向き合い方が一人ひとりに問われている時代でもあります。これから社会に出るような若者は、どのように情報と向き合えばよいか、また情報に対して“正しく疑う”力をつけるためによい方法などについて、テレビでもおなじみの精神科医・名越康文先生@nakoshiyasufumi)にお話を伺いました。

心理学的には「メディアリテラシー」などない

名越康文 夜間飛行 コラム メディアリテラシーの心理学
メディアリテラシーというのは、一言で言えば「情報を客観的に、正しく捉えること」ですよね。

ただ「リテラシーがある/ない」という捉え方自体が、私はちょっとナンセンスなんじゃないか、と思うんです。なぜかというと、「人間はありのままの現実を捉えることができない」ということが、少なくとも、心理学的な人間理解の<スタートライン>だと僕は考えているからです。

もちろん、一言で心理学と言っても、さまざまな考え方がありますから一概には言えません。でも、少なくともフロイトでもアドラーでも、あるいは東洋の心理学である仏教にしても、「人間はどのように現実を捉えているか」ということについての見解は、大まかには一致しているんです。

それはつまり人間は現実そのものを(たとえ単一の現実が存在するとしても)、認識することはできないということです。

ではなぜ、人は現実そのものを認識することができないのか。ここからは、先人の偉大な発見を踏まえた上での、私なりの言葉を使った一つの仮説として聞いていただきたいのですが、それは結局、「人間は、現実を擬人化して捉える」からなんです。

人はものや自然の現象を自己投影してしまう

名越康文 夜間飛行 コラム メディアリテラシーの心理学
「人間は、現実を擬人化して捉える」とはどういうことか。

例えば、あなたの目の前に、脚が「ボキッ」と折れて傾いてしまったテーブルがあったとします。それを見るあなたの心には、どこか「痛々しい」という印象が生じます。これが<擬人化>です。

心理学には、「自己投影」という言い方があります。

たとえば沈黙している人を見ると「怒っているのかな?」と思うのは、自分の心の中にある恐れをその人の表情に投影している、と考える。これは、分かりやすいですよね。

でも、自己投影というのは、人に対して行われるだけではない。私たちは「テーブル」という無機物に対しても、「自分」を投影することで、理解しようとするわけです。

テーブルに自己投影するというのは、要するに「もしもこのテーブルが自分だったら」というイメージによって、いまそのテーブルに何が起きているのかを理解しようとするということです。

私たちはこの世界のすべてを、擬人化し、自己投影することによって理解します。空を見て「きれいだなあ」と感じている時、私たちはどこか「空」を擬人化している。まるで、ハリウッド映画の素敵な美女を見る時のように、擬人化して「空」を見ている。

そういう風にして現実を理解するために、私たちは常に、対象との親密性を増しながら、世界を理解することになるわけです。コンピューターがデータベースにデータを登録するように、適切な距離を取って、客観的に現実を理解することはできないわけですね。

無機物に対してすらそうなのですから、対象が社会現象となると、もっと当たり前のように「擬人化」は起きます。

例えば、ある会社が不正をしたとする。私たちは「なんてひどい会社だ」あるいは「こんな幼稚な会社があっていいのだろうか」と感じる。

でも、よく考えてみたら、「会社」が「ひどい」って、変な捉え方だと思いませんか。だって、会社は人じゃありませんからね。

例えば、いま流行りのAIだったら「この決算書には虚偽があります」とか「今回の一件で信頼度が低下しました」ということはあっても、「ひどい!」という感情的な評価は出てこないはずです。

しかし僕らは、身近な人間に対して「こいつはなんてひどい奴なんだ!」というのと同じような感覚で、組織に対しても「なんてひどい会社なんだ!」という捉えかたをする。そのことを、別に変だとは思わないわけです。

見たくない自分を相手に投影する

名越康文 夜間飛行 コラム メディアリテラシーの心理学

物事を擬人化してみているということは、一言で申し上げれば、私たちは現実を決して、ニュートラルには見ていない、ということです。

ですから、冒頭のメディアリテラシーというお話に戻ると、「私たちは誰一人として、まともなメディアリテラシーなど持ち合わせていない」というのが、この問題に対する、心理学的な(身もふたもない)見解ということになります。

このことを踏まえた上で、現象を擬人化して捉えてしまうことの、現実的な問題を考えてみましょう。それは、私たちがほとんどの場合、現実を実際よりも矮小化して捉えてしまう傾向を持つ、ということになります。

私たちは対象を理解するときに、「私の一部」を投影して理解しようとします。しかもそれはたいてい、自分が普段目を向けようとしない、自分の一部です。少し心理学的な言い方をすれば「抑圧された自分」や「自分の嫌な部分」を自己投影して、対象を理解しようとするわけです。

例えば、テレビで自分の嫌いなタレントが話しているのを見たとする。

このとき、僕らは直感的には、どうしても、相手が自分と同程度の知性を持っていると感じることができません。実際には相手は私と少なくとも同程度か、それ以上に高い知性を持っている可能性だってあるはずなのに、私たちは必ず、相手の知性を、自分よりも低く見積もるのです。

一方で、自分が好意を持つ相手であれば、自分よりも圧倒的に優れた知性を持つ賢人や天才として対象をまつりあげ、その言動をまったく疑わずに受け入れてしまいます。

そして重要なことは、対象の知性を低く見積もるのも、現実よりもはるかに高いところにまつりあげてしまうのも、現実の相手を認識することなく、自分の一部を投影している点では同じだということです。その根っこにあるのは、現象を擬人化して捉えずにはいられない、私たちの心なのです。

心理学的なリテラシーのありよう

名越康文 夜間飛行 コラム メディアリテラシーの心理学

もしも心理学的なメディアリテラシーというものがありうるのだとすれば、「私たちは世界を擬人化せずにはいられない」ということを認識しておく、ということに尽きるのではないかと私は思います。

「相手は自分とは違う人間である」ということぐらい、私たちはみな、頭ではわかっているはずです。しかし、いくらわかっていても、私たちは、相手に自己投影して、相手を理解しようとします。

そのことを自覚することこそが、心理学的な人間理解に基づいた「リテラシー」の出発点だと私は考えるのです。

※この記事は公式メルマガ「生きるための対話」よりお届けします。

企画:プレタポルテby夜間飛行

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精神科医・名越康文名越康文(なこしやすふみ)
1960年、奈良県生まれ。精神科医。臨床に携わる一方で、テレビ・ラジオでコメンテーター、映画評論、漫画分析など様々な分野で活躍中。著書に『毎日トクしている人の秘密』(PHP、2012)、『自分を支える心の技法 対人関係を変える9つのレッスン』(医学書院、2012)、『驚く力 さえない毎日から抜け出す64のヒント』(夜間飛行、2013)などがある。