高柳明音(SKE48)インタビュー「夢を叶えるまで時間はかかっても、今は焦らず何が大切か考えたい」
SKE48の2期生で今年デビュー10周年を迎えた高柳明音さん。グループを中心メンバーとして初期から支え、近年では女優として舞台でも活躍中。今回も選抜に名を連ねた新曲「FRUSTRATION」の発売を前に、10年間で培ったアイドル観などを語っていただきました。
春休みに最後のチャンスで応募しました
――10年前のSKE48の2期生オーディションのことは覚えてますか?
覚えてます。歌唱審査のとき、すごく緊張していたんですけど、目の前にいたメガネを掛けた男性がリズムを取りながら聴いてくださったのが嬉しくて、リラックスして歌えました。後でその方が秋元(康)先生だと知りました(笑)。お顔を知らなかったんです。
――歌は猛練習して臨んだんですか?
いや、全然(笑)。普段からカラオケにもあまり行かなかったんです。よく聴いていた「ハナミズキ」を、緊張しても声が上ずりにくいから歌いましたけど、歌やダンスの審査は流れに身を任せました。それで面接では、後悔ないように全部言い切ろうと思いました。
――アイドルに興味を持ったのは小さい頃?
モーニング娘。さん世代で、小2の頃に「LOVEマシーン」や「恋のダンスサイト」を聴いて以来、アイドルにずっと憧れはありました。でも、東京に行ったこともなかったし、自分がなれるものとは思っていなくて。高校を卒業したら料理の専門学校に行くと決めていたんですけど、地元のテレビ番組でSKE48の2期生募集を知って、名古屋を出なくてもいいし最後のチャンスだと思って、高3になる前の春休みに受けました。
――SKE48に入って、想像していたアイドルの世界とギャップはありませんでした?
入る前からテレビやネットで1期生の劇場公演とかを見て、「今のアイドルはこんなにガムシャラなんだ」と思ってました。モーニング娘。さんはキラキラして、かわいかったけど、SKEは熱がすごくて(笑)。でも、全力で何かに取り組むのは素敵だと思って、入りたくなりました。
――心構えはできていたんですね。
とはいえ、1期生がダンスの先生にすごく怒られる動画も見ていたので、少し不安でした(笑)。実際私も怒られましたし、当時はみんなの前で1人1人踊って合格と不合格に分けられたりもして、「絶対落ちたくない!」という気持ちでやってました。
――ダンス経験がなくて苦労したのでは?
覚えは悪くなかったです。高校の体育でダンスをやったときも「センスがある」と誉められたし、盆踊りもすぐ覚えられたので(笑)、才能がゼロではなかったのかもしれません。
リーダーになって変わったステージでの視界
――高柳さんはわりとすぐ、松井珠理奈さん、玲奈さんに続く存在に駆け上がった印象があります。
そんなこともないですけど、最初は無敵モードで「珠理奈、玲奈にも負けない!」という気持ちでやっていました。1期生とは半年くらいしか差がありませんでしたから。でも、2人や他の1期生と仕事をするようになって、自分よりハードなスケジュールの中で、プロ意識がすごく高いのを知りました。
――どんなところで、そう感じました?
言っていいのかな? 裏ですごいケンカをしていても、ステージに上がれば仲良くやるんです(笑)。1期生は全員がライバルで、ちょっとでもダンスを間違えると楽屋で泣いている人もいました。今では考えられません。私たち2期生も「この人たちの前で間違えたらやられる」と思ってましたから(笑)。公演に出させてくれない空気は本当にあって、生きるか死ぬかの勝負でした。
――当時のSKE48のステージの熱気を思い出すと、わかる気がします。
でも、裏でギリギリまで言い合ってようと、ステージで「手をつなぎながら」を歌えば、笑顔で手をつなぐ(笑)。それが今の子にはなかなかできないんです。そもそも裏でも言いたいことを言い合えない。1期生はケンカするのが当たり前のうえで絆が深まって、本当の意味で仲良くなっていったんですよね。
――高柳さんといえば、チームKⅡのリーダー時代のイメージがいまだに残っています。もともと引っ張るタイプだったんですか?
まったく無理でした。人前でしゃべるのも恥ずかしかったし、どちらかというとみんなについて行くタイプで、電車も1人で乗れない(笑)。でも、2期生には同い年くらいの子がいなかったんです。私以外は大人か中学生で、大人同士、子ども同士で集まっていましたけど、私は中立でどちらとも仲良くできました。それでマネージャーさんに「全体を引っ張ってほしい」と言われて、「そうならなくては」と思ったのは覚えてます。
――リーダーを務めるうえで、大変なことはありました?
私は人見知りでしたけど、KⅡはフレンドリーな子ばかりで、コミュニケーションは大丈夫でした。リーダーになってから、ステージに立ったときの視界が変わりました。客席だけでなくメンバーを見ていて、「あの子があそこでぶつかった」とか「あの子は今日ここが良かった」とか、みんなのいろいろな面を発見できるようになりました。
立ち位置が後ろになって「見てくれ!」という気持ちに
――10年間で煮詰まった時期はなかったですか?
ありました。5~6年前、「賛成カワイイ!」の頃かな。総選挙でランクインはしても思うように順位が伸びなかったり、選抜での立ち位置が後ろに下げられて、12番手くらいまで行って……。
私は自分がアイドルであるためにも、SKE48のためにも、何にも曲げられることなく真っすぐやってきたのに、それでダメなら、もう頑張り方がわからない。辞めようと思って、スタッフさんに「このグループで私ができることはもうない」みたいな話もしました。そしたらNMB48との兼任が発表されて、「まだ私にやれることがあるんだ」と思って、アイドル人生が延命しました(笑)。
――その頃からおかしなこともやるようになりましたよね。選抜総選挙の政見放送でピエロの格好をしたり(笑)。
そう、そう。そのタイミングでKⅡのリーダーも外れたので。それまでは「こんな子がリーダーのチームはダメ」と言われるのがイヤで、みんなに迷惑をかけたくなくて優等生でいるように頑張っていたんです。やっと自己責任だけになって、ひとつ殻が破れました。
周りからの見え方を気にしていたのも、立ち位置を後ろに下げられて、逆に「私を見てくれ!」と。後ろでも目に入ることをしてやろうと思って、いろいろふざけるようにもなりました。
落ち込んでいるときこそ握手会は染みます
――そんなこんなの10年を経て、アイドルに最も大事だと思うことは何ですか?
ファンの人を悲しませないことですね。それをしてしまったら、アイドル失格。アイドルはファンの人がいてこそだと、すごく思います。きれいごとに聞こえるかもしれませんけど、10年やってきて、辛いときも嬉しいときも支えてくれたのはファンの人でした。私、家族には悩みを話せないんです。
――よく“お母ちゃん”の話は出ますけど。
仲は良いけど、私より考え込んでしまう人で、私がうまくいってないと泣いちゃう。そんな姿は見たくないので、家では笑っているか、怒ることはあっても悲しい顔はしません。でもファンの人には、悲しい顔も怒ってる顔も嬉しい顔も見せてきました。
自分が落ち込んでいるときこそ、握手会が染みるんです。みんなが笑顔で会いに来てくれただけで、「なんで私はこんなことで悩んでいるんだろう? この人たちの笑顔を絶やさないように頑張らなきゃ」と思えました。大事なことはSNSでなく、自分の口で直接伝えたくて、ファンミーティングを開くようにもなりました。
新曲は今までのSKE48にない新鮮な印象
――SKE48の新曲「FRUSTRATION」についてうかがいます。高柳さんはラジオで早くから「今までと違うSKE48」と話してましたが、最初にデモを聴いたときから衝撃でした?
ラップから始まるし、「これはどこのアーティストが歌うんですか?」と思いました(笑)。仮歌もバリバリの男性で、今までのイメージと違いすぎて。
――EDMサウンドに乗ったイケイケのヒップホップチューンでした。
それがすごく新鮮。私は今までやってないことをするのが好きなので、楽しいです。
――LAで撮影したMVも楽し気です。
振りが(レゲエダンスの)ウィリーバウンスから始まるのも衝撃でしたけど、パーティー感もストリート感もあります。みんなアイドルメイクは禁止だったんです。
――泡パーティーは実際にやったことは?
あるわけないじゃないですか(笑)。でも実は、私はNMB48の「らしくない」で泡パーティーを経験しているんです。だから初めてではなくて、みんなが「泡がすごーい!」と言っていたときも「見たことあるな」と思ってました(笑)。
いろいろな役の人生を送れる女優業を続けていきたい
――ところで、高柳さんはバイトしたことはありますか?
高校生のときにしていました。夏休みに名古屋の有名なカフェで働いたり、焼肉屋さんとかいろいろやって、最終的にはステーキ屋さんに落ち着きました。お小遣いが欲しかったというより、料理学校志望だったので経験を積めたらと、裏で前菜を作ったり、仕込みをしてました。
――バイトを通じて学んだことも?
茶碗蒸しで「こんなひと手間を加えると、すごくおいしくなる」というやり方を教わって、今もたまに家で作っています。バーと一緒になったお店では、ビールの注ぎ方も教わったし、アルコールなしでジュースだけでカクテルを作らせてもらって、シェイカーの振り方も覚えました。
――やっぱり芸能界でなければ、料理の道に進んでいたんでしょうね。
料理は好きですけど、職業にしたら、また違うだろうなとも思いました。私は飽き性で、毎日同じメニューを作るとか、同じことをするのが得意ではないんです。なので、同じことの繰り返しがないこの仕事は、天職だと思ってます。
――芸能活動の中でも、個人で女優業に進出しました。
昔から自分が生きることに自信がない部分があるんですけど、役の人生を生きているときは自分のことは考えなくて済むので、すごく楽しいです。自分が演じた人間をいかに愛していただけるか。悪役なら、どれだけ憎んでいただけるか。一度きりの人生の中で、役者だけはいろいろな人生を送れるから、これからも続けていきたいです。
――そうした夢を叶えるために、大事だと思うことはありますか?
焦らないことだと思います。私も夢を叶えるためにはまだまだ時間がかかりそうですけど、「周りがああだからこうしなきゃ」ではなく、今の自分に何が大切かを考えていけたら。
48グループで91年組はもう、私とだーすー(須田亜香里)と柏木(由紀)さん、大家(志津香)さんの4人だけで、今の最年長になりました。おじいちゃん、おばあちゃんには「お嫁に行く姿を見たいな」と言われる年齢ですけど(笑)、私は自分のペースで、自分のタイミングで夢を叶えていきたいと思います。
高柳明音(たかやなぎ あかね)
1991年11月29日生まれ。愛知県出身。
2009年3月にSKE48の2期生オーディションに合格。同年6月に劇場公演デビュー。2010年3月発売のSKE48の2ndシングル「青空片想い」から選抜メンバー入りを続けている。映画『ONLY SILVER FISH』、舞台『ReLIFE』、『+GOLD FISH』、『斬劇「戦国BASARA」天政奉還」などに出演。ラジオ『高柳明音の生まれてこの方』(ラジオ日本)でパーソナリティ。
◆高柳明音 OFFICIAL SITE:https://avex.jp/akane-takayanagi/
◆SKE48 OFFICIAL SITE:http://www.ske48.co.jp/
◆高柳明音 OFFICIAL Twitter:@akane29_o8o
◆高柳明音 OFFICIAL Instagram:@akane_o8o
企画・編集:ぽっくんワールド企画 撮影:河野英喜 取材・文:斉藤貴志