できるだけ若いうちに知っておくといい「本当の」愛の話
愛がなければ頑張れない
僕はここ数年、「暗い心を打ち払うためには身体を動かしましょう」「朝に、自分の力で明るい気持ちを作りましょう」ということを繰り返しお伝えしてきました。
ただ、その話を聞いて「なるほどそうだ」と納得しても、実際にはそれを実践できない、という人は少なくありません。「自分の心を明るくするには身体を動かさなければいけない!」と頭では納得しても、実際にそれを行動に移すということがどうしても難しい。
これはダイエットでも、英会話でも同じですね。「がんばろう!」と思い立っても、どうしても3日坊主で終わってしまう。なぜそんなことが起きるのでしょう。
実はこの問題のカギは、「愛」なのです。「愛」が不足している人は、どれだけ理屈レベルで納得しても、それを実際に行動に移すことができない。
……この時点で「なんてことを言うんだ! 傷ついた!」という方もおられそうですね。でも、勘違いをしないでください。ここでいう「愛」というのは、恋人がいるとか、愛されているかどうか、ということとはまったく関係のない話です。
僕がいまお話しているのは、そういう「愛」とはむしろ逆方向の「愛」の話なのです。
もうひとつの「愛」
多くの人が「愛」という言葉で思い浮かべるのは「愛される」の愛です。しかし、愛にはもうひとつある。それは、自分の心の中に「自分自身よりも大切な何か」を抱く、ということです。
僕はこういう心のありようを、「愛」という言葉で呼んでいます(というより、僕はそれこそが「愛」という言葉の本来の意味だと考えているぐらいです)。
「愛される」ではなく「愛する」の愛……というとキザな色恋の話だと思われるかもしれませんが、そうではありません。もちろん、それが恋愛に向かうこともあるかもしれませんが、それ以外にもペットを飼うこと、植物を育てること、趣味に没頭すること……さまざまな対象に向かいうる心の動きのことを言っています。
誤解のないように補足しておくと、言うまでもなく、「愛される」の愛も大切です。愛情がなければ、僕たちはここまで生きてくることはできなかったでしょう。しかしながら、「愛される」の愛は、しばしば「愛されたい」という焦げるような思いに転嫁します。それは怒りや不安、暗い思いなどを伴って本人を苦しめます。
一方、「愛する」の愛、というのは、もう少し僕たち人間の存在そのものにかかわる心の働きです。というのも、僕らの身体は、「自分自身より大切なもの」への愛がなければ、1ミリたりとも動くことがままならないものだからです。もしも、本当に「自分よりも大切なもの」を何一つ持たなければ、僕らは指一本、動かす意欲を持つことができない。
僕らは友達と遊ぶために外に出かけるし、少しでもよく見られたいと思うから着飾ったり、化粧をしたりするし、美味しいものを食べたいからスーパーで食材を選び、料理をする。僕らが行動するのは、自分のために見えながら、その根底には「自分よりも大切な何か」のためなのです。
「自分のため」だけでは継続できない
僕があるラジオ番組でご一緒しているSさんという女性は、ダンサー兼タレントさんで、ずっと若々しいスタイルをキープされています。きっと努力をされているんだろうな、と思って聞くと、やはり毎朝ジョギングするなど、ちゃんと身体を動かしているんだそうです。
しかしながら、彼女自身は、そういう生活習慣を続けることができているのは、自分の意志の力ではない、というんですね。彼女が毎朝のジョギングを続けられるのは、自分が飼っている犬のおかげだというのです。
もちろん、口にされないだけで、仕事に対する真摯なプロ意識によるところも大きいだろうとは思います。しかし、ご本人としては「犬を飼っている」ということが、日々の習慣づくりにおいてはものすごく大きな要素なんだ、ということを話されていたのです。
「どれほど面倒で起きたくないと思う朝でも、犬が散歩に行きたいというなら、起きざるを得ない」というわけですね。少なくとも、人間というのは、「自分よりも大切な何か」によって、より能動的に動くことができる。そのことは疑いないのではないでしょうか。
逆に言えば、「自分」以外に大切な何かを持たない人が継続的な行動を起こすことは難しい、ということです。僕が「愛が足りない」というのは、そういう状態を指しています。そういう状態にある人が、いくら「運動しよう」「心を明るくしよう」と思っても、なかなか行動に移すことができない。
そういう人はまず、「自分よりも大切な何か」を持つ=愛の対象を探す、ということのほうが先決なのです。
「動物を飼う」のも良いでしょう。あるいは「植物を育てる」ということでもかまいません。毎日、「自分よりも大切な存在」に関わり続ける、ということがその人の「愛」を育み、その人に行動するエネルギーを供給するので
す。
ミステリー小説が大好きな人は、睡眠時間を削ってでも、ページをめくる手を止めません。仕事に心から没頭している人は、自分の感情の揺れにつきあっている暇がありません。
以前、地方の講演に呼ばれて朝早く、宿泊先のホテル近くの公園に散歩に行ったとき、印象的な光景を目にしました。池の周りで、大きなカメラをぶら下げた百人以上の人が、一列に三脚を並べて、たった一羽の水鳥の写真を撮っているのです。彼らはそれが仕事ではないし、誰に頼まれたわけでもありません。義務も、約束も、深い決意も(たぶん)ないでしょう。
とにかくそこに来て、写真を撮りたくて仕方がないから休日に早起きして、足を運んでいる。
これが僕の言うところの「愛」なのです。
僕らは「自分よりも大切な何か」に出会うことによって、はじめて一歩を踏み出すことができる。そんな生き物ではないかと思うのです。
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名越康文(なこしやすふみ)
1960年、奈良県生まれ。精神科医。臨床に携わる一方で、テレビ・ラジオでコメンテーター、映画評論、漫画分析など様々な分野で活躍中。著書に『毎日トクしている人の秘密』(PHP、2012)、『自分を支える心の技法 対人関係を変える9つのレッスン』(医学書院、2012)、『Solo Time 「ひとりぼっち」こそが最強の生存戦略である』(夜間飛行、2017)などがある。 2019年より会員制ネットTV「シークレットトーク」を配信中。