カレー沢薫の「日々、なりゆき、運任せ」│地方移住でうまくいく人、いかない人
「こんなところにいられるか!私は部屋に帰らせてもらう」
これはミステリー小説で真っ先に無残な姿で発見されるキャラの台詞ではない。
私が「凍狂」こと東京に出張する時に必ず発する言葉であり、言葉通り日帰りで帰れる時は必ず帰るようにしている。
私は隙あらば「福岡と広島にフックをかけることで沈没を免れている島」「猿に滅ぼされかけた町」などと地元PRに余念がない田舎者だが、かといって都会を羨望しているわけでもなく、人間と同様に土地に関しても誰も愛さず愛されずを貫いている。
つまり「どこに住んでも同じ」と思っているため、一度も地元を離れたことがない。
今後も追放はあっても脱出はないと思っているが、世の中には土地を変えることで人生を変えようとする人間もいるらしい。
実際、類まれなるサーフィンの才能を持っていたとしても群馬県とかに住んでいてはそれを生かせないし、魚類だったら才能以前に命が危うい、適材適所を求めて引っ越すというのもありだろう。
しかし、私のようにどこに住んでも同じな奴がそれをやるのは引っ越し代の無駄であり、逆にペンギンが与那国島に引っ越すようなミスを犯す場合さえある。
コロナの影響でリモートワーク可が進んだことで、田舎への移住者が増加傾向のようで、移住者の6割超が「満足している」というデータもあるらしい。
逆に言えば4割弱が「こんな田舎に来た自分をぶん殴りたい」と思っており、元々移住に消極的だったパートナーなどと険悪なムードになっている、という可能性があるということだ。
「移住」という大転機の勝率が6割というのは「悪いことは言わないからやめておけ」の領域なのではないか、友達なら止めるし、実は友達と思ってない奴なら猛プッシュするレベルだ。
しかし、この成功率は完全に運というわけではない。
もちろんゴミ分別が異常に厳しい地区や、自治会長が全てを牛耳っている一帯に引っ越してしまうなど、運要素もあるが、事前に良く考えていけば失敗率はかなり下がるだろう。
そんなわけで、最終回となる今回のテーマは「地方移住でうまくいく人、いかない人」である。
まず「田舎は近所付き合いが密な上、住んでいる人間の湿度が1.5割増しなのでコミュ力がなければ詰む」という説があるが、これは半分誤りだ。
それが完全に正しければ、私はとっくに彼岸の人だが、少なくとも40年は生きている。
その土地で商売をはじめたい、または近所づきあいをしないと移動スーパーが来る日を教えてもらえなかったり、アマゾソ配達員が3回に1回たどり着けなくて諦めるレベルの田舎なら別だが、イオソが支配しているレベルの田舎であれば近所づきあいゼロでも生活に支障はない。
高齢となり、周囲の支援が必要になった時に人付き合いがないというのは致命的かもしれないが、それは都会でも同じだろう。
つまり「コミュ力がない奴は田舎でも都会でもいずれ詰む」が正しく、コミュ力の有無はあまり関係ない。
そもそも、田舎に移住と言ってもUターンかIターンかで話は全く違ってくる。
戻って来るなり「貴様どのツラを下げて」と、駅前にクワを持った村人たちが出待ちしているような不祥事を起こしてない限り、地元に戻って来るだけのUターンはそこまで失敗しないだろう。
しかし、全くの新天地、それも都会から田舎へのIターンは「思っていたのと違う」になりがちな気がする。
そもそも田舎者からすれば「YOUは一体何を思ってこんな僻地に」なのだが、都会から田舎に移住する人の多くは「都会は疲れるから田舎でゆっくり暮らしたい」と考えているような気がする。
確かに田舎はコンビニが20時にしまったりするが、6時間労働がスタンダードというわけではなく8時間がデフォルトだ。
よって田舎なら労働時間を減らせると思って来ると期待外れになるかもしれないし、現在16時間労働なので8時間になるだけでもありがたいという人は田舎より先に労基に行くべきだ。
イタリアとかにも陰キャがいるように、田舎にもブラック企業は普通にあるので、田舎にいけば労働が楽になるわけではない、むしろ田舎の方が就職先が少ないので、ブラックだった時転職がしづらいという欠点もある。
就職だけではなく、田舎はありとあらゆる選択肢が都会より少ない。
「ピザ食いてえ」と思った時、都会ならどのピザチェーンにするか迷うところだろうが、私の家は全てのピザ屋が「デリバリー圏外」なため、ピザという選択肢すらないのだ。
逆に言えば田舎は「ないから諦める」ができる場所だ、実際田舎の人間はコンサートやイベントなど都会の催しに対する諦めが異常に早い。
メディアに取り上げられるような地方移住者は、そこで店を始めたりしているので田舎を「夢を叶える場所」と錯覚してしまうかもしれないが田舎でしかできないことを除き、やれることの選択肢は確実に都会の方が多いのだ。
よって、夢を叶える場所ではなく「何かを諦めに行く場所」と思ってきた方がよい、だがこの諦めは決してネガティブな意味ではなく、これこそが田舎の「ゆっくりとした生活」を実現させていると言っていい。
正直、家から出なければ都会も田舎も大差ないのだ。
ひきこもるための家賃が都会と田舎で段違いではあるが、田舎はほぼ車必須な上、賃金が都会より安いため、田舎の方が経済的とは言い切れない。
何にしても「田舎に移住すれば俺の人生変わる」と思って行くと期待外れになりがちだ「今より悪くはならないだろう」という気持ちで来るのが移住成功のコツである。
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