【コラム】他者評価という「毒」を「薬」に変えるには(名越康文)
他人からの評価は羅針盤になるか?
自己評価と他者評価が食い違っている時にどう考えればよいか。まず、これについての心理学的な基本前提というのは、「他人からの評価を、決して気にしてはいけない」ということだろうと思います。
なぜなら、そもそも「周囲が認識している自分」と「自分が認識している自分」の間には、常に乖離があり、それはどちらが正しく、どちらが間違っているというものではないからです。
自分のことを、自分自身で正しく、客観的に評価する、というのは、ほとんど不可能です。でも、だからと言って他人からの評価をやたらと気にし始めると、私たちはそれに振り回されてしまいます。なぜなら、私たちはしばしば、他人からの評価を受けた時、その評価に「すり寄ろう」としてしまうからです。
例えば、「他人の話に真摯に耳を傾けるのが、あなたの良いところだね」と誰かから褒められた。それ自体は、悪いことではありません。しかし、その評価があまりにも内面化してしまうと、「耳を傾けるべきではない場面」でも、「これが私のいいところだから」と、受容的になってしまう、ということが起こります。その結果、悪質なクレームや、無茶な要求を引き受けてしまう、ということがあるかもしれません。
他人からの評価というのは、自分を客観的に見つめる上で役立つものですが、それが常に「過去のあなた」に向けられたものである、ということには注意が必要です。あなた自身も、状況も、刻一刻と変わり続けています。
アコースティックギターの弾き語りスタイルで人気を得たボブ・ディランが、エレキギターを用いたロックにスタイルを変えた時、観客から大ブーイングを浴びました。
しかし、彼は、いくらブーイングを受けても、自分を「変える」ことをやめませんした。それはおそらく彼が、<他人からの評価>が、過去の自分に向けられたものであり、それを真に受けることがいかに、自分の表現活動において「毒」になりうるかということを、よく知っていたからだと思います。
他人からの評価というのは、それを受けた瞬間は、あなたに力を与えてくれる「薬」です。しかし、それはあくまで、その瞬間における「薬」であって、それが記憶に残ってしまえば「毒」として機能することがあるのです。
何を拠り所とすべきか
他人の評価に振り回されてはいけない。
そう思ってても、私たちはつい、他人の評価に敏感になってしまうものです。何の拠り所もなく、自分を貫く、ということはなかなか、出来そうでできないものなんです。
僕は「自分を貫く」ということができている人というのは、多分、人には見えにくいところで、強い拠り所を、ある種の「結界」として持っている可能性が高いと思います。
例えば、以前、俳優の高倉健さんは、あるインタビューで「母親に褒められたいから、俳優を辞めずに続けることができた」ということを話していました。僕はこの話を聞いた時、「高倉健さんほどの人でも、他人の評価が気になるんだなあ」と理解していました。しかし、それからかなり経ってふと、「あ、そうじゃないんだ」ということに気がついたんです。
高倉健さんのように、多くのファンの目に触れ、日常的にたくさんの「他人からの評価」にさらされる仕事をしている人は、そうした他者の視線から身を守るための、ある種の「結界」が必要です。高倉健さんにとって、お母様からの評価というのは、まさに「結界」だったのではないか、と思うのです。
高倉健さんにとって、お母様からの評価は、いつも同じ位置で動かない、北極星のような評価軸だったのではないでしょうか。ずっと子供の頃から自分のことを見ていた人からの視点を「気にかける」ことで、毀誉褒貶(きよほうへん/※)の激しい他人からの評価に右往左往しない軸を手に入れる。そういうことだったんじゃないか、と思うのです。
※ほめたりけなしたりすること。(goo辞書より)
他人を褒めるのは難しい
他人からの評価が、薬になることもあれば、毒となることもある。そういうことがわかってくると、安易に他人を評価したり、褒めるということの難しさがよくわかってきます。
よく、「部下の力を伸ばす声かけ」とか「褒めることで、やる気を引き出す」と言ったことが言われます。しかし、小さな子供に「できたね!」「すごいね!」と褒めてあげるのと、大人同士のコミュニケーションで、他人を適切に評価したり、褒めるということは、少し別だと私は思います。「相手の力を伸ばしてあげよう」という目的で「褒める」「評価する」ということは、少なくとも心理学的には、非常にハイレベルな取り組みなのです。
そして、安易に褒めることの怖さや、評価を伝えることの難しさに気づいた人は、自然と、周囲の人の言葉や評価に、振り回されにくくなります。評価や褒め言葉の「あてにならなさ」がわかってくることで、自分の軸を保ちやすくなるのです。
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1960年、奈良県生まれ。精神科医。臨床に携わる一方で、テレビ・ラジオでコメンテーター、映画評論、漫画分析など様々な分野で活躍中。著書に『毎日トクしている人の秘密』(PHP、2012)、『自分を支える心の技法 対人関係を変える9つのレッスン』(医学書院、2012)、『Solo Time 「ひとりぼっち」こそが最強の生存戦略である』(夜間飛行、2017)などがある。 2019年より会員制ネットTV「シークレットトーク」を配信中。