【コラム】「伝える力」を伸ばすには?(名越康文)
Q.「伝え方」がうまくなるポイントは?
将来、広告や宣伝の仕事につきたいと思っています。人を引き付けるキャッチコピーを考えたり、宣伝のアイデアを考えるには、人間の心を深いところで理解している必要があると思います。心の専門家としてのご経験から「伝え方」がうまくなるポイントを教えていただければ幸いです。
A.伝わるか伝わらないかは相手次第
仕事でも、プライベートでも、人に何かを伝えるって、本当に大変なことです。精神科医の仕事で言えば、クライアントに何かを伝える、あるいはスーパーバイザーとして関わっているときに、スタッフに何かを伝えるというのは大変です。
何年やっていても「毎回真剣勝負だな」ということを、僕も実感しています。
身も蓋もない言い方になってしまいますが、伝わるか伝わらないかは突き詰めれば「時の運」だということなのだと思います。どれだけうまい言い方をしたつもりでも、相手がそれを受け入れられる状態でなければそれまでです。
ただ、それを前提としたうえであれば、伝える側の「伝える力」に巧拙がある、というのもまた事実であるように思います。
伝える力は、感動する力
伝える力について私が感じるのは、自分自身が感動しているときに、「伝える力」は最大化するということです。
いくら饒舌に、理路整然と、あるいは優れたレトリックを駆使して言葉や表現を尽くしたとしても、伝わらないときは伝わらない。むしろ「どういったらいいかわからないんです」と言葉にならないときのほうが、相手によく真意が伝わるということがある。
それはたぶん、いま、この瞬間に自分自身の心が大きく揺れ動いているということが、しっかりと相手に伝わっているからです。
僕は以前、『驚く力』という本を書きました。一見「当たり前」に見える日常に対してさまざまな側面を見出し、心を動かせる自分でいるにはどうしたらいいのか、ということを論じた本ですが「驚く力」というのはそのまま、「伝える力」にも変わりうるのだと思います。
飛躍したたとえ話をする人は伝え方が上手
なぜ「伝える」ために、本人が感動し、驚いていることが大切なのか。それは結局、「伝える」ために何よりも大事なのは、「伝え方」以前に、相手が「知りたい」「わかりたい」と思ってくれるかどうか、ということだからです。
「伝える力」のある人の話を聞いていると、あることに気がつきます。それは、「たとえ話」がちょっと「変」だということです。
たとえば、自動車の営業のコツについて話をしているときに、「これは、ゴルフでいえばこういうことなんです」と言ってみたり、楽器の上達法について話をしているとき、南国の昆虫の生態の話を始める。
そういう、ちょっと(場合によってはかなり)飛躍したたとえ話をする人は、だいたい、人に何かを伝えるのが上手な人だと私は思います。
なぜかというと、そういう「飛躍」が、相手の「わかりたい」という気持ちをかきたてるからです。
伝えるためには、「わかりやすい説明」が必要だと、多くの人が考えます。しかし、本当の意味で、何かを相手に伝えたいと思うなら、「わかりやすい説明」だけでは、十分ではありません。
というより、「わかりやすい説明」は多くの場合、聞き手の関心を削ぎ、睡魔を呼び起こしてしまうことのほうが多いのです。
相手の知りたい欲求を引き出す
「伝える力」の少なくとも60%は、「相手の力を引き出す」ことにあると、私は考えています。
「え、それどういうこと?」
「なんだこれ?」
そう思ってくれれば、「伝える」仕事の半分は終わったといってもいいぐらいです。相手が「わかりたい」「理解したい」と思ってくれることが大事なのです。
「伝える力」の高い人が、飛躍した例を好むのも、そういうことです。できるだけ「不適切」で、できるだけ「かけ離れた」例のほうが、聞き手の関心が高まり、普段眠っている能力が賦活(※)されるのです。
※賦活…活力を与えること
精神分析の大家に、ジャック・ラカンという人がいます。試しに図書館で借りたり、文庫で出ているものをパラパラとめくってみてください。めまいがするほど、難解です。でも、だからこそ世界中で多くの人が、ジャック・ラカンの書いたものを「理解したい」と思った。
そういう意味で、一見わかりづらい文章ばかり書いているラカンは、実は非常に高い「伝える力」を持っていた、ということが言えると思うのです。
謎を提示すると、人は「分かりたい」と思う
もちろん、いつもいつも、わけのわからない話をしていたら、人はいつかめげて「わかりたい」という気持ちをもってくれなくなってしまうでしょう。ラカンの話をみんなが聞きたいと思ったのは、いくら難解であっても、そこに「何か」があることを、人々が直感したからです。
つまり、それは一言で言えば「謎」です。
「謎」が提示された瞬間、人は「わかりたい」と思うようになる。「わかりたい」という気持ちが駆動されれば、多少難解であっても、多少飛躍があったとしても、人はその謎に食らいついてきます。
コナン・ドイルの「シャーロック・ホームズ」シリーズは、この「謎」の提示の、格好の教科書だと私は思います。
助手のワトソンとホームズが、現場に向かう。ワトソンからみると、現場には特になんの不思議もないし、容疑者の言動にも、さして不自然なところがないように見える。しかし、ホームズは「わかったよ、ワトソンくん」といって、現場を後にする。
この時点で、私たち読者は、ワトソンくんの立ち位置に立たされています。ホームズが何を考えているのかを知りたくて知りたくて、仕方がなくなっています。
まずは自分自身が驚き、感動すること。そして、聞き手に「謎」を提示すること。
この2つができれば、あなたはもうかなりの「伝える力」を手にしたことになるでしょう。そしてこのことも、直ぐにできる必要はありません。なんとなくあなたの心の片隅に、それこそちょっとした「謎」、として残しておいてください。あなたの好奇心が、いつの間にか起動しているかもしれませんから。
※この記事は公式メルマガ「生きるための対話」よりお届けします。
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1960年、奈良県生まれ。精神科医。臨床に携わる一方で、テレビ・ラジオでコメンテーター、映画評論、漫画分析など様々な分野で活躍中。著書に『毎日トクしている人の秘密』(PHP、2012)、『自分を支える心の技法 対人関係を変える9つのレッスン』(医学書院、2012)、『Solo Time 「ひとりぼっち」こそが最強の生存戦略である』(夜間飛行、2017)などがある。 2019年より会員制ネットTV「シークレットトーク」を配信中。