【コラム】「見返したい」気持ちは人を成長させる原動力(名越康文)
「やり返したい」という気持ち自体は必ずしも否定すべきことではない
人から見下されたり、ひどい言葉を投げかけられたことで、「やり返したい」という気持ちを抱く。そのこと自体は、必ずしも否定すべきことではないと僕は思っています。というのも「やり返したい」という気持ちは、しばしばその人を成長させる原動力となるからです。
もちろん、自分をやりこめた相手に対して、目の前で言い返しても口論になるだけです。でも、いったんその場を離れて、自分が成長することによって相手を見返すことができたらどうでしょうか。それはお互いにとって、すごく建設的なことになると思うんです。
先輩からひどい言い方をされたときに、「お言葉を返すようですが」と反論するのではなく、「いつかこの人が驚くほど、いい仕事をするぞ」と心に決めて、仕事にいっそう工夫を重ねる。
あるいは、いつも「お前はできが悪い」と言い続ける両親に育てられたとしても、その孤独の中でかえって鍛えられ、社会に出て、立派に生きていく場合も多々あるのです。
瞬間的に生じる「やり返したい」という思いを、言葉はちょっと品がないけれど、「いつか見返してやる」という長期的な感情につなげて行動できるようになると、その人は人間的に、大きく伸びていきます。
長期的に情熱を保てる動機にもなる
他人を見返してやりたいという思いがあると、心の修行や自己研鑽にはけっこう本気で取り組むことができます。「やったほうがいいから」という心掛けは、見かけは美しいのですが、心掛けだけでは継続するのが難しいのが修行というものです。
「瞑想はリラックスして行うもの」という常識があります。じつはそれ自体が、瞑想の実態からズレた思い込みだと僕は考えています。だって、もし瞑想がリラックスの中で起こるものなら、毛布に包まれて寝ておれば良いわけですから。滝行とか回峰行とか、厳しい修行は必要ない、ということになる(笑)。つまり、瞑想におけるリラックスというのは、一つの成果であり、瞑想の過程の中で出現するものであって、前提ではないということです。
だからこそ、「見返してやりたい」という強い気持ちが、修行の支えになることがあるわけです。
「褒められた人はよく伸びる」という言葉も、あまり真に受けてはいけないと思います。周囲からの称賛や名誉、金銭的な報酬というのは、短期的には努力する動機づけになるものですが、それだけでは長期的に何かを続ける情熱を得ることはできない。むしろ、痛い目にあったり、ひどい仕打ちを受けたときに「何クソ!」と奮起することのほうが、強い動機づけになることもある。
つまり、逆境はそのまま、人が成長し、変わっていくチャンスでもあるのです。
悔しくて、情けなくて、腹が立って仕方がないというときに、言葉でだけでも、「ようし、これは自分を成長させるチャンスだ!」とつぶやいてみる。けっこう声にすることは効果絶大なんですよ。馬鹿にしてはならないのです。
そういう悔しさを意識して転換しようとする人の方が、成長も早いし、心の問題を克服できる可能性は高まります。「やり返す」という感情は、うまく行動力に転嫁できれば、称賛や名誉の何倍も大きな原動力になるんです。
本気とは継続力のこと
そもそも「本気になる」ってどういうことでしょうか。僕は「継続する」という行動そのものが、「本気になる」ということだと考えています。
たとえば、僕の講座やメルマガでは、「朝起きてから15分、身体を動かしてください」ということを説明しています。この話を聞いて、次の日から毎日、欠かさず15分間の運動を続けている人がどれくらいおられるでしょうか。それを1週間、1ヶ月、1年と継続している人はどれくらいおられるでしょうか。
もしそれができていれば、その人は「本気」なんだと僕は捉えます。つまり「本気になる」ということは「実際に続ける」ということなんです。「実際に続ける」という現実がなければ、そこに「本気」はなかった、ということです。
拍子抜けするほど簡単な理屈ですね。でも、ここが結構落とし穴なんです。
どんなに小さなことでも構いません。朝15分の体操は、それほど手間も時間もかかることではありません。でも、それを続けることができる人は少ない。それが「本気」かどうかの分かれ目なんです。
「明日から心を入れ替えます!」「もっとがんばります!」と声高に叫ぶ人をよく見かけます。でも、やる気や根性で解決しようとする人は、僕の経験上、決まって長続きしません。
どれほど立派なことを口にするよりもまず、些細なことでいいから、毎日続けるということ。「出会う人すべてに優しくなる!」なんていう綺麗事の大目標を掲げるよりも、朝一番の職場での挨拶だけでも、今までよりも明るくしようと決心する。そのくらい小さなことでもいいから、毎日継続して取り組むことが人生を変えるでしょう。
「継続する」ことが本当の自信を育む
僕が継続することを重視するのは、それほど「継続する」ということ自体が、難しいことだからです。
心の問題に関するトレーニングは、大半のことが、自分一人で取り組むものです。途中でやめてしまっても、誰からも忠告してもらえません。自分の意志一本で、休まずに続けていく必要があります。
朝起きてすぐに体操をする。これを3日間続けた翌日の朝、たまたま寝起きの調子が悪かった。もしそこで、「3日続けたから、今日は休もう」と決めたとしても、誰にも怒られるわけではない。せっかくそれまで続けてきたことでも、「1日くらい大丈夫だろう」といって休んでしまうと、休む回数が徐々に増えていき、続かなくなってしまいます。
毎日欠かさず継続できる人は、同じことをやっても、毎回新しいことをやるかのように、新鮮な気持ちでできる人でもあります。そういう気持ちで続けていると、昨日までは得られなかった感覚が得られたり、新しい気付きが生じることがあります。
そういう経験を積み重ねながら、1週間、1ヶ月と続けることができてくると、「続けることができた自分」にちょっと自信が持てるようになってきます。
この自信というのは、それまで想像していたような「勇気凛々」のような見せかけのものではありません。ふとした瞬間に気付く自信です。ふとした瞬間に、優しく接っすることができたり、ふとした瞬間に人に何かを譲ることができたりする心の余裕として、多くは現れます。
何かを継続している人の表情からは、自然と落ち着きと自信が感じられるものです。このレベルまで来ると、その人が抱えている問題の多くは、自然と解決に向かっていくと思います。
※この記事は公式メルマガ「生きるための対話」よりお届けします。
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1960年、奈良県生まれ。精神科医。臨床に携わる一方で、テレビ・ラジオでコメンテーター、映画評論、漫画分析など様々な分野で活躍中。著書に『毎日トクしている人の秘密』(PHP、2012)、『自分を支える心の技法 対人関係を変える9つのレッスン』(医学書院、2012)、『Solo Time 「ひとりぼっち」こそが最強の生存戦略である』(夜間飛行、2017)などがある。 2019年より会員制ネットTV「シークレットトーク」を配信中。
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