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2016年04月06日

声優・浪川大輔インタビュー「大胆なターニングポイントのある人生」

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4月20日に待望の4thミニアルバム『ELEVATION』を発売、声優業としての活躍が目覚ましい浪川さん。そんな彼のキャリアは子役時代から始まったものの、大学を卒業後はいったん芸能から遠のき、アパレル会社の正社員としての道を歩んできたのだそう。

一度は別の道を歩むも、声優の道を歩むために再びバイト生活を経て現在の地位を確保する、ちょっと異色のキャリアを歩んできたその理由とは……。

いまの生活に目的を見出せない…今のバイトに魅力を感じない…なんて人にも、浪川さんの人生感と経験を聞いたら、きっと活力が得られること間違いなし!?
 

とにかく「面白い体験」がしたくて、興味のあることは何でも手をつけてきた

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——浪川さんの芸能キャリアはかなり長く、小学生時代にはすでに吹き替えの仕事を体験されています。このまま順調にキャリアを積み上げようとは思われなかったのですか?

浪川 子ども時代の吹き替えの仕事は、正直苦手でした。当時はずっと芸能の仕事を続けていこうとも思っていなかったので、年を重ねるうちに仕事もフェードアウトしてきてしまって。
だから、大学時代は普通の学生同様、バイトの掛け持ちやサークルで青春時代を過ごしたような、一般的な大学時代を過ごしていたんじゃないかなと思います。20歳のときにバイトデビューして、就職するまでの2年間でいろんな経験をしました。

——ちなみにどのようなバイトを経験されてきたのでしょうか?

浪川 家庭教師やピザの配達。あとはダンボール工場や引っ越しの手伝いなど、頭脳プレー系から肉体労働系まで、ジャンルを問わず興味のあることは何でもやってきたんです。どうせ働くなら普通はなかなかできない、面白い体験ができる方がいいなと思っていたので、ひとつの職種に絞らず、興味のあるものは何でも手をつけてきました。
中には2〜3回しかやらなかったバイトもあります。でも、そういうバイトに限って、ものすごく記憶に残っていたりするんですよね。人の記憶って、時間よりも経験なんだなぁって思いました。
 

失敗しながらも、バイトを通して知らない自分を知っていった

——バイト生活ではどのようなことが印象に残っていますか?

浪川 いろんなバイトを経験したもうひとつの理由が、社会に出る最初の1歩として、とにかくいろんなスキルを身につけておきたいと思ったから。だからバイトの作業は必死になって覚えました。もともと器用ではないので、コツコツ時間をかけて少しずつ作業を習得するタイプ。そうやっていくつものバイトをしてたら、自分の向き・不向きを知ることもできました。

たとえばピザの配達。これで「あ、自分は方向音痴なんだな」って確信しました(笑)。それから雪山のスキーインストラクターは満期の1か月間の滞在すらできなかったですしね。思い出深いことのほとんどが失敗談っていうのが、ちょっと哀しいですけど(笑)。

それでも、どの仕事も情熱を持って作業に没頭していました。そのせいなんでしょうか、失敗ばかりしたことも今となっては楽しい思い出としてしかインプットされていないんですよね。苦労して習得した冷蔵庫の搬入の仕方なんて、今でも事細かに説明することができますから。今の仕事と全然関係ないのに、若いころに苦労した思い出っていうのは、いくつになっても忘れないんですね。
 

順風満帆なアパレル業界での社会人時代…それでも声優でトップになる野望が勝った

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——そして大学卒業後、浪川さんは子役時代のキャリアをいったん中断して、アパレル業界へと進まれていますね。

浪川 自分の両親がアパレル関係だったので、もともと興味があったんです。大学卒業後は自然とアパレルの道を選んでいましたね。入社時は、自社製品を倉庫からショップまで搬入・搬出するような力仕事からスタート。そこからバーゲン会場の店員などを経て約5年ほど経って、最終的にはアパレルの花形とも言えるバイヤーまでこぎ着けました。自分の買いつけた製品が社内でコテンパンに言われつつも、いざ販売したらものすごく良い売り上げを記録したときは、本当に嬉しかったのを覚えています。

ちなみに自分はどちらかというと、ひとつのことにこだわったらトコトン突き詰めたくなるタイプなので、アパレルの仕事もいろんな作業を覚えるうちに楽しくなっちゃって、気がついたら7年も携わっていました。それくらいハマっちゃってましたね。

——順風満帆の会社員生活だったのにも関わらず、その後再び声優という狭き門に改めて挑戦しようと思ったのは、どのような心境の変化でしょうか?

浪川 正直、声優という職業を辞めようと思ったことは一度しかなかったんです。会社員生活をしてるくせに、「いつかは芸能の仕事に戻るんだろうな」と漠然と思い続けていたくらいですから。

でも、会社員を続けながら芸能の仕事をする、いわゆる二足のわらじは難しいと思って、会社員生活をすっぱり切って、改めて芸能の世界に身を投じようと決意しました。それが20代後半の出来事です。今思うと、かなり大胆な選択をしていますよね。我ながら若さゆえの行動だったと思います。

——20代後半に会社員という安定を捨てて、再びいばらの道を歩むというのは、正直不安ではありませんでしたか?

浪川 芸能の道で食べていくのは本当に難しいことですし、誰もがなれるものでもない。そう考えると、「本当にこの道で食べていけるの?」なんて不安もありました。

でも、何かひとつのことをやったら、必ずトップを取りたいって思い詰めちゃうタイプなので。バイト生活でも会社員生活でも、目標を掲げたら必ずそれを実現させるまで決して諦めたことはなかったです。

声優としてのトップを取らないまま、会社員としての生活を送っている。果たしてこのままでいいのかって自問自答したら、やっぱり諦めきれなくて……。それであらためて声優という職業に絞って、トップを取ってやろうって考え直したんです。

ですから、将来の不安よりもなによりも、目標を達成させることの方が勝っていたのかもしれませんね。
 

そのときの自分が全力で取り組んだことを「まわり道」したとは思わない

——会社員をすっぱり辞めたあと、すぐに声優の仕事に就くことは難しかったと思いますが、その間はバイト生活をされていたのでしょうか?

浪川 このときはファミレスのバイトをしていました。声優業のかたわらに行っていたバイトなのに、ここでもやっぱり目標を立てて突進するクセを発動させてしまいまして(笑)。気がついたら一般のスタッフからチーフにまで登り詰めていました。

バイトのチーフになると、やがて店長から正社員のオファーがかかるようになったんです。当時バイトは順調にキャリアアップをしているけど、肝心の声優業がままならない。正直、このときばかりは心が揺らぎましたね。「いっそのこと正社員になって、ファミレスのトップを目指しちゃおうかな」って。

それでも声優としてのトップを取らないまま、ファミレスの店長になるのは筋違いだと思って、すぐに心を入れ替えましたけど。

——話を伺っていると、やるならトコトン突き詰める性格であると実感させられます。そのような性格であれば、バイト生活や会社員生活を経ることなく、声優業としてすぐにでも成功できたのではないでしょうか?

浪川 よく自分のキャリアの話になると、「浪川さんはかなりまわり道をしてきたんですね」って言われるんですが、自分自身はそんな風には一度も思ったことがないんです。数々のバイト経験も会社員時代も、そのときの自分が興味を示して、全力で取り組んできましたから。後悔だってまったくしてません。

もちろん、芸能という仕事にしがみついて、それだけに向かって邁進する人生もあったかもしれませんが、当時の自分にとってそれは魅力的ではなかったし、なにか違ったんですよね。

バイト生活も会社員生活も、自分の人生にとって必然であって、今の表現の仕事をする上で欠かすことのできない要素だった……と、私自身は考えているんです。
 

「幕引きは自分が決めるのではなく、周囲が決めるもの」。芸能という仕事の厳しさを感じた瞬間

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——現在は声優の第一線として活躍されている浪川さんですが、日頃、どのような気持ちで声優業に挑まれていますか?

浪川 声優業って、アニメ声優もあれば吹き替えもあって、さらに役者としての一面もある。実はとても幅広いスキルを求められる職業なので、ゴールなんて決してないって思っていたんです。

でも、子役時代に吹き替えしたゲームの声優役があるんですが、30代になったころ、そのゲームの復刻版が出ることになって、プロデューサーに改めて声の出演をオファーされたんです。当時10代前半の少年だった私の声ですから、それは絶対に無理と伝えたんですが、ゴリ押しされて引き受けたんです。

いざ本番になって声入れをすることになったんですが、そのときようやく、プロデューサーに肩を叩かれて「ご苦労様」って言われました(笑)。このとき、自分のなかのあるひとつの仕事が終焉を迎えたんだなぁ、って実感させられました。さいわい、この仕事は没にならず、そのまま採用されましたが、以降は別の声優さんが担当することになりました。

そしてこのときの経験で、声優という仕事は終わりがないようで、実は終わりがあるし、世代交代もある。辞めるべきときというのが必ず訪れる職業なんだと思い知らされました。そしてその終わりは、自分の意思ではなく、周囲が決めることなんだと。これまで数多くの職業を体験してきましたが、こういう体験をするのはこの業界ならではないかなと思います。

バイトや会社員時代では自分の仕事は自分で幕引きをしてきていましたが、これからはいつ誰によって幕引きされるかわからない。だから、その日その日を全力投球で挑まなくてはならない。このときの実体験が、芸能人生の厳しさを教えてくれたような気がしますね。

——かつてのバイト時代や会社員時代と異なり、他人に線引きされて評価されるシビアな業界。このような生活は、ときにかつての職場を恋しいと思わせたりしませんか?

浪川 たしかに自分で線引きはできませんが、この仕事の素晴らしいところは、自分の代替えが効かないということ。唯一無二の自分そのものが商売道具なんです。たとえば風邪をひいたら、自分の代わりの声優なんて立てられない。他の仕事でも重要なポジションに就いている人であれば代わりは効かないけど、声という肉体を使った職業っていうのは、代用は絶対不可能なんです。そこが、この仕事の宿命であり、その一方で素晴らしい点であると自負しています。

体調管理だけでなく、プレッシャーも多く、ときには寝られなくなることだってある。だけど、自分が求められているというこういった快感は、他では得られないような気がする…。そういう意味では、かつての職場が恋しいとはまったく思いません。
 

バイト時代に出会った人とのふれあいが、声優業には欠かせない大きな財産

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——では、かつての職場での経験は、いまの仕事でどのような影響を与えているとお考えですか?

浪川 残念ながらバイトも会社員時代の仕事も、声優で演じた役そのものに直結した経験はないですが、バイトや会社員生活でいろんな人に出会って、肌で感じたことは、自分というパーソナルを築くうえで、欠かせない要素だったと思っています。

——それは具体的にどんなときに思われましたか?

浪川 芸能というエンタメ業界というのは、人を喜ばせることが第一ですよね。そんなとき、相手をどのように喜ばせるのかというのは、いろんなジャンルの人と接してこないと理解できないんです。

さいわいにもバイト、会社員時代に、いろんなタイプの人間と交わることで、喜びにはさまざまな形というものがあることを理解することができました。そんなときには、「あのときのこんな仕事が、ここで役に立っているんだな」と思ったりしますね。

そしてもうひとつ、人を喜ばせるためには、自分が楽しめなくてはダメなんです。自分を楽しませるためには、やはり周囲の力も必要。そういうときに、改めて人とのつながりの大切さを実感させられます。よく見た目のお芝居だけに陥ってしまう人がいるんですが、それは独りよがりの仕事にほかなりません。

周囲の力添えがあって、いろんな人とのつながりがあって、自分も他人も楽しめる環境があってこそ、人を喜ばせることができるんです。この結論を出すことができたのも、バイト生活や会社員人生の賜物であると実感しています。自分のような性格の場合、多くの人と接することがなければ、仕事の幅は広げられなかったんじゃないでしょうか。
 

目の前にあることを全力で挑めば、おのずと道は開ける

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——異色のキャリアを経て、現在は声優業の道を歩み続けている浪川さん。そんな浪川さんがバイトや会社員生活で学んだことは、ずばり何でしょうか?

浪川 どんな職業でも、自分が就いた仕事は責任を持って100%の努力と情熱で真摯に向かい合うこと。アパレル業界にいたときは、頭の片隅で芸能の仕事を思いながらも、結局はアパレル一筋で仕事に取り組んでいました。芸能の仕事を思いながら、心ここにあらずの状態でアパレル業に就いていたら、きっとバイヤーになることはできなかったと思います。

あと、ただ与えられた仕事をするのではなく、自分で発見することがキャリアアップにつながると知ったのもこの時代でした。与えられた仕事をこなすのは誰でもできることで、そこから頭ひとつ抜きん出ようとするなら、自ら考え、発見し、それを実践する。これはどんな仕事にも共通することで、これさえ身につければ、たいていの仕事は一気にレベルアップさせることができます。

声優業も同じことで、ただ与えられた役をこなすのではなく、その役に入り込み、そのキャラクターの新たな一面を発見することで、自分なりに解釈した声をアテレコする。それがなくては、今のポジションを築くことはできなかったような気がします。

いま、自分の夢とは違った職業に就いている人でも、目の前にある仕事を一所懸命こなすことは、必ず将来何かしらの役に立つはずなので、そのことを常に頭に入れて、真面目に取り組んでもらいたいですね。

——では最後に、浪川さんご自身の体験を踏まえ、働くことで最も大切なこととは何でしょうか。

浪川 やっぱり人とのつながりじゃないでしょうか。学生時代は同級生や似たような価値観の人と一緒に行動できるけど、職場というのはいろんな人がいて、自分とまったく異なる価値観の人がたくさん集まっている。そんな集団にいると、新しいモノの考え方を知ることができるし、知識力も高まる。普通の勉強ではなかなか頭に入ってこないことも、人とのつながりで得たことは、絶対に忘れないんですよね。

あとは、どんな仕事でも全力で挑むこと。手を抜いた仕事は身に付かないけれど、真剣に取り組んだことは、いくつになっても体が覚えている気がします。

いろんな人に出会い、いろんな人の発言に耳を傾け、一所懸命目の前のことをこなす。当たり前のことですが、数多くの経験を積み、いろんな体験を経ることで、自分は成長してきたような気がします。

ほかの人ではなかなか真似することのできない、一風変わった人生を歩んできた浪川さん。しかしどんな状況においても全力投球で物事に挑み、ポジティブ精神で日々を歩んできたことが伺えます。そんな姿が、多くの人々の共感を得て、やがて多くの味方をつけてきたのかもしれません。

今、夢を叶えている途中の人も、決して諦めることなく、一所懸命日々を過ごせば、きっと新しい未来が待ち構えている。浪川さんの人生こそが、その証明なのかもしれません。

浪川大輔/なみかわだいすけ・1976年東京都生まれ。

9歳から子役として活動し、『パンチアンドボビー』の吹き替えで声優デビュー。代表作に『ルパン三世』石川五エ門役、『君に届け』風早翔太役など。『スター・ウォーズ』シリーズのアナキン・スカイウォーカー役、『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズのフロド・バキンズ役など洋画の吹き替えでも数多くの作品に出演。2010年には映画『Wonderful World』で映画監督に挑戦。2013年からは歌手としても単独ライブを行うなど幅広く活躍している。

編集:共豊舎 取材・文:三輪順子 撮影:榎本壯三 ヘアメイク:SHIHO YOSHIDA