カレー沢薫の「バイト丸わかり図鑑」バーテンダーバイト編
私は「家事を極力しない」という、自分の体力に対しSDGsな生活をしているのだが、食事に関してだけはほぼ毎日自炊している。
だがこれは外食と料理どっちがマシかという消去法でそうなっているだけであり、外で買ってきて家で食うという選択肢も、外に出なければいけない時点でないのである。
ならば取り寄せて家で食えば良いではないかと思われるかもしれないが、このフードデリバリー全盛の世であっても我が家は軒並み「配達圏外」であり、唯一届けてもらえるのが「花」という「人はパンのみに生きるにあらず」を体現した高貴なる地なのだ。
何故そんなに外食を避けたいかというと、まず外に出たくないのが一番だが、次に衆目で飯を食いたくないからである。
正装し外に出て人前で食う高級料理より、起きたままの姿で椅子に立膝をつき、ソシャゲ周回しながら食う残飯の方が美味いのだ。
もちろん「こぼす」という行為にも頓着しないし、むしろ最近のいくら軍艦のようにこぼれているぐらいが景気が良くてちょうどいいぐらいに思っている。
モノを食っている時は、誰にも邪魔されず自由で救われていなきゃダメなんだ、というが人前で食っている時点で五郎は真の開放を知らないのではないかと思ってしまう。
逆に言えば、五郎は常にスーツの小綺麗な中年男性であり、あのぐらいのスマートさを保つことが苦でない人間にのみ外食による完全開放が可能ということだ。つまり私には無理である。
さらに人の視線があるのも嫌だが、人と接しなければいけないのも嫌なのだ。
よって外食はできるだけ接客が機械的なチェーン店を選ぶし、最近タッチパネル注文が増えているのは大助かりである。
だが、私とは逆の感性を持った人もいる。
一人では外食ができないという人もいるし、何だったら店員とも積極的に交流したいという人もいるだろう。
しかし、店員との交流はTPOを間違えるとただの迷惑客になってしまう場合もある。
自分では地域に根ざした純喫茶のマスターと仲良くなったと思っていても、先方からしたら、コーヒーどころかガムシロップ1個で12時間居座られて困っているのかもしれない。
店員との交流を望むなら、キャバクラやホストクラブなどの選択肢があり、ガールズバーなどもっとカジュアルに接客してもらえる店もある。
そしてガールズバーも敷居が高いという人のためにガール抜きのガールズバーもあり、むしろそっちの方が先に生まれている。
そんなわけで今回のバイトは「バー」つまり「バーテンダー」である。
まず、バーとは「カウンター越しにバーテンダーが主にアルコールなどの飲料を提供してくれる飲食店」のことだ。
飲食店なので注文の受付、簡単なフード調理やドリンク作り、洗い物、清掃、会計など他の飲食店バイトでもやることは一通りやるのだが、バーテンダーバイトは接客に重きを置いた飲食店バイトである。
何せカウンター席が主なので、客との距離が近く、自ずと会話が発生しやすくなる。
それゆえに私は絶対バーにはいかないが、逆にバーにはバーテンダーとの世間話を期待して来る客も多いということだ、バーテンダーが目の前にボッ立ちして圧をかけてくるようなバーは流行らない。
他の飲食店より濃い接客を求められる部分はあるが、行列が出来たり、マティーニ1杯とピスタチオ1皿で客が大回転していくような慌ただしさはない。
また、バーは商談の後腹が減って死にそうになった五郎以外、酒目当てで来る客がほとんどなため、酒類の種類が非常に豊富であり、店によっては数百種のアルコールを扱っているので、それを覚えるのが大変という意見もある。
逆に言えば酒類に詳しくなれるバイトと言える。
カクテルの種類に詳しいというのは何となくカッコよさげであり、クールな印象を持たれるだろう。
しかし、酒が飲めなければバーテンダーバイトはできないというわけでもない、むしろ法律上飲んではいけない20歳未満でも18歳以上なら深夜でも働くことはできる。
ただ、バーテンダーバイトは酒類の名称を覚えるだけではなく、お客におススメを尋ねられたり「今日彼女に『そもそもつきあってない』という理由で振られた俺に合うカクテルを作ってくれ」等のリクエストをされることもあるかもしれない。
酒を飲んだことがない20歳未満が、客に合った酒を提供するというのも難しいだろう、もはや着ている服の色と似ている酒を出すしかない。
やはりバーテンダーバイトは酒を飲める年齢と口になっている人間の方が馴染みやすいと思われる。
だがそういった本格的すぎる酒の提供はマスター的な人がやることであり、シェイカーを使ってのカクテル作りもバイトがやることはあまりなく、やるとしてもマドラーを使った簡単なカクテルづくりが主だという。
このように、客との会話が苦ではないことが前提のバーテンダーバイトだが、話し上手でなければいけないわけではなく、むしろ大事なのは聞く力のようだ。
某バーのマスター曰く、バーテンダーに必要なのは「好奇心と素直さ」だという。
確かに聞く力がない人間は往々にして他人に興味がなく「今日目が覚めたら虫になっててさ」という、常人なら100万個は聞きたいことが発生するボールを投げられても「私虫嫌いなんですよね」と自分の話をして会話を終わらせてしまう。
もちろんバーテンダーバイトはそんなことではダメなのだ、むしろ「今日目が覚めたら朝になっててさ」など、これ以上なにも広がらないことを言われても「それって朝になったら目がさめてたってコト!?」と、ハチワレのようにつぶらな瞳で問い返す好奇心が必要ということだ。
また「素直さ」というのは、知らない話題に対し「あーアレね」などと知ったかぶらず、素直に「知らない」と言うことだという。
だが「全然知らないから別の話にして」と言い出すのは素直すぎなので、ここでも「それってどういうコト?」と聞き返す好奇心が必要ということだ。
もちろん私はこの二つが大幅に欠如している。
バーテンダーとしての才能もなければ、バーの客としての才能もないので、これからもカウンター席の店は避け、目の前が「壁」の席を選んでいきたいと思う。
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