女優・伊藤沙莉さんインタビュー 「『神輿は一人じゃ担げない』支えられていることを忘れないようにするのが私のモットー」
一人の男性の21歳から46歳までの人生と、当時のカルチャーや仕事、恋愛を通して成長していく姿を描く「ボクたちはみんな大人になれなかった」で、主人公の初めての恋人・かおりに扮した伊藤沙莉さん。伊藤さんが考える“大人になること”や人生の岐路、そして、女優という仕事への思いを尋ねました。
人と簡単につながれないことが、この作品で描かれている時代の魅力
――完成した作品をご覧になった感想から聞かせてください。
一人の男性の、20代から40代までを描くという一見シンプルな物語ですが、佐藤がどういう過程を経て大人になっていったのか、そして、大人になるために捨てざるを得なかったものなど、彼の抱えた思いがよく見える作品だなと感じました。原作や台本で読んだときより、佐藤の葛藤がストレートに心へ入ってきました。
――1995年に主人公の佐藤(森山未來)とかおりが出会い、交際を重ねる中、当時の若者たちの間でブームとなったカルチャーが多数登場する作品ですが、印象に残っているものはありますか?
佐藤とかおりは文通がきっかけでつき合うようになりましたが、雑誌に文通相手を募集するコーナーがあったことにまず驚きましたね。私は駅の伝言板に憧れをもっているので、今のように人と簡単にはつながれないことに逆に魅力を感じました。
――ちなみに文通の経験はありますか?
子役のとき、一緒にお仕事をした子とずっと文通をしていました。今は特別なとき、例えば誕生日やクリスマスぐらいで、日常的に手紙を書く機会はめっきり減りました。でも、手紙っていいですよね。メールで受け取るよりも温かみがありますし、相手の呼吸やにおいが伝わってくる感じがとてもいいと思います。
森山未來さんとドライブをしながら、役を作り上げていっている感覚でした
――佐藤を演じた森山未來さんとの共演はいかがでしたか?
森山さんは独特な感性、感覚の持ち主なので、撮影に入ったばかりのころはどうコミュニケーションをとったらいいのかわからずに、不安を抱えていたんです。でも、佐藤という役や作品全体についてはもちろん、私が演じるかおりについても、一緒になって考えてくださったことがとても大きかった。プレミア上映のときに森山さんが、「2人でドライブをしている感覚だった」とお話されていたのですが、その言葉にとても強く共感しました。
――森山さんからはどのような印象を受けましたか?
思っていたよりもピュアな方で、“少年”のイメージです。子どもっぽいというのではなく、適当なことが言えないというか、思ってもいないことを口にすることができない。大人にありがちな要領のよさがなくて、素敵だなと思いました。
――間近で見た森山さんのお芝居の感想を聞かせてください。
すごく葛藤しているような、そして、戦っているように見えました。20代から40代までを演じるって相当な苦労や、ある種の覚悟も必要だったと思うんです。そんな思いを抱えながら、たいせつに佐藤という役を作り上げていっている印象でした。
知らない時代だけど、懐かしさを感じる作品であってほしい
――かおりという役について、これまでで一番悩んだ役だと発言されていましたが……。
原作自体にかおりのヒントが少なく、すべて佐藤の視点で書かれているので、そんなかおりをどう体現したらいいか必死になり過ぎて、悩んでしまったんです。でも、実際に演じてみたら、誰にとっても“忘れられない存在として頭に浮かぶ人”、何より佐藤にとって特別だった人ととらえるようになってからは、難しさをさほど感じなくなりました。
――かおりは“普通”を嫌う女性でしたが、伊藤さんご自身は“普通”についてどのような考えをもっていますか?
“普通”ってどの角度からみた普通なのかがわからないですよね。「普通でいたい」「普通でいたくない」ことより、何をもって普通と感じ、それを好くのか、嫌うのか……。わかりやすい話でいくと、私は子役から芸能活動をしていて、普通の学生生活を送っていないので、そういう意味での“普通”を求めていたところはあります。
――この作品で伊藤さんが伝えたいのはどのようなことですか?
SNSなどの普及によって時代が便利になっていくぶん、それが原因で人間関係が険悪になり、逆に不便さを感じさせることもあるかもしれませんが、どんなにコミュニケーションツールが進化しても、ひとりの人間として生きること、人と関わることの軸は変わらないと思うんです。この作品は、舞台となっている当時のことを知らなくても、人が大人になるために通らなければいけない道など、幅広い世代に刺さるものだと思います。知らない時代だけど懐かしいと感じるような、まるでその時代を生きてきたかのように伝わればいいなと思います。
スクリーンに流れる自分の名前を見て、女優としてやっていくことを決意しました
――子役として芸能活動を始めた伊藤さんですが、女優としてやっていこうと決意をしたのはいつ、どのようなきっかけですか?
高校を卒業するタイミングって進学するのか就職するのか、誰しも岐路に立たされる時期だと思うのですが、その時期に私は以前、所属していた事務所を辞めることになり、女優を続けるのか続けないのか迷っていたんです。そんなときに、「悪の教典」という作品が公開され、これは私にとって初めての商業作品への出演で、通いつめた地元の映画館へ家族と一緒に観に行ったのですが、エンドロールで自分の名前を見つけた瞬間に「私が生きていく場所はここだ」と、続けることを決めました。それまではいつでも辞められるし、辞めたいという思いも、続けたいという思いも抱えていたけれど、スクリーンに流れる自分の名前を見て女優を続けていこうと決意しました。
――普段、仕事をするうえで大事にしていること、譲れないことを聞かせてください。
周りの人たちに支えてもらっていることを“忘れないこと”です。私は人からやってもらうことをあまり好まない性格で、それを当たり前のこととは受け取りたくないんです。女優というのは、立ち位置的に人から気を遣われる仕事ではありますが、だからなおさら忘れちゃいけないと、常に思っています。天狗になると親から勘当されるので、そこは意識して臨んでいますね。
――勘当される……んですか!?
幼いころから、母が「一人で神輿は担げない」と、よく口にしていたんです。他にも、「一人で立っていると思うな」とか「一人で大きくなったと思うな」など。あえて、カッコよくいうと、母が生きざまを見せてくれたというか、私にとっても憧れの対象は母だったので、母のように生きようと思ったらこうなったという感じです。
――お母様の影響が大きいんですね。これから社会へ出ようとしている皆さんへメッセージがあればお願いします。
今はSNSなどで自由に発言ができるぶん、相手の気持ちを察することが難しくなっているような気がします。だからこそ、人の気持ちを知ろうとすることが大事なのかなって思いますね。一度、相手の気持ちを想像してみる、そのことに対して興味をもとうとすることが、幅広くいろいろなことにつながると思うので、まずは知ろうとすることを大事にしてほしいと思います。
伊藤沙莉(いとう・さいり)
千葉県生まれ。2003年ドラマデビュー。第57回ギャラクシー賞テレビ部門個人賞、東京ドラマアウォード2020で助演女優賞、第63回ブルーリボン賞助演女優賞、第45回エランドール賞新人賞を受賞。6月に初のフォトエッセイ「【さり】ではなく【さいり】です。」を刊行。2022年は1月スタートのフジテレビ系月9ドラマ「ミステリと言う勿れ」、ディズニープラスで配信されるドラマ「拾われた男」、映画「ちょっと思いだしただけ」に出演する。
◆公式サイト:https://alpha-agency.com/artist/ito/
◆公式Twitter:@SaiRi_iTo
◆公式Instagram:@itosairi
編集:ぽっくんワールド企画
撮影:河井彩美
取材・文:荒垣信子