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2016年03月11日

【震災から5年】缶詰なのに中身は“ふわふわのパン”。世界で愛され、支持される「パンの缶詰」のヒミツを聞いてきた

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ある日、筆者が編集部で話していると、「那須にパン屋さんの取材に行って欲しいんです」と担当のTさん。

「那須高原って美味しいパン屋さん多いですよね〜、どこですか?」と聞くと、「いえいえ、単なるパン屋さんじゃないんです。パンの缶詰をつくっている会社です」と答える。

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パンの缶詰? なんで那須なの? Tさんが出してきた缶詰にはなんと、パンがまるごと入っている。食べてみると、香りもやわらかな食感も、いわゆる普通のパンそのもの。なんだこのクオリティの高さは! というわけでこの缶詰のヒミツとギモンを解決しに、さっそく那須に向かった。

パンの缶詰のヒミツを探りに、那須塩原に到着!

パンの缶詰のヒミツを探りに、那須塩原に到着!


見た目は普通の街のパン屋さん。しかし店の前には巨大なパンの缶詰オブジェが

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パンの缶詰のオブジェと、通常のパンを販売する店舗「きらむぎ」

パンの缶詰のオブジェと、通常のパンを販売する店舗「きらむぎ」


筆者がやってきたのは、那須塩原駅から車で5分の「パン・アキモト」。1947年創業の、一見どこの街にもありそうな「地元のパン屋さん」。でも、なぜか店の前には、缶詰のかたちをしたオブジェが。しかも宇宙にまでいったと書いてある。会社に入ればサッカーJ1・川崎フロンターレの選手のサインや、漫画家・やなせたかし先生のサインがあったりと、ナゾは深まるばかり。

出迎えてくれたのは、この会社の社長・秋元義彦さん。一見すると少し怖そうな紳士(失礼…)ですが、この方が開発者なのでしょうか。

パン職人でもある秋元社長

パン職人でもある秋元社長

きっかけは阪神・淡路大震災。救援物資のパンが届かない悔しさ

「パンの缶詰は、私が今から20年ほど前に開発しました。このパンの缶詰は、日本のみならず、米国や中国、台湾でもパンの特許を取得したんですよ」とジェントルな声で答えてくれる。

ことの起こりは、95年の阪神・淡路大震災。支援物資として自社のパン2000個を現地に差し入れたものの、日数が経過してしまい、カビが生えるなどしてしまったため、食べられずに捨てられてしまったのが開発のきっかけだった。

「パン職人である自分にとって、パンが捨てられるほど悲しいことはありません。なんとか保存ができるパンを作りたかった」と一大決心、通常の営業終了後に試行錯誤を重ねて生み出したのが、「パンの缶詰」だ。

職人の意地と妻のアドバイスにより、“美味しさ”を追求

生地にペーストが練りこんである。ほんのりやさしい甘さ

生地にペーストが練りこんである。ほんのりやさしい甘さ


「生地にジャムなどのペーストを練り込み、ほんのりとした甘さとしっとりとした食感を出しています。また、缶詰にパンを入れてから低温で焼き上げているので、缶をあけたときに、ふわりとしたパンの香りが出るのですよ」

それでも、どうしてここまでの美味しさにこだわったのだろうか。

「ひとつは妻の意見です。硬い保存食ではなく、普段、食べ慣れていて、美味しいと思うパンを作れたら、という希望がありました。またパン職人としても、少しでも美味しいパンを届けたい思いがあったんです」と秋元社長。

こうした「美味しさ」「珍しさ」がクチコミなどで話題になり、じょじょに“美味しい備蓄食”なんてデパートで取り上げてもらえるようになって、注目度が高まっていったそう。

「ぼくの顔をお食べ」でお馴染みキャラクターともコラボした

「ぼくの顔をお食べ」でお馴染みキャラクターともコラボした


「会社の規模を大きくしようと思って、開発したわけではありません。応援してくれる方の力を借りながら、ここまでやってきました」と振り返る。社内にずらりとならんだサインは、そうしてコラボしてきた企業やサッカーチームなのだそう。

新潟中越地震など大災害が起こるたびに、「美味しいパンの缶詰がある」と注目される

そして、2004年の新潟・中越沖地震、スマトラ島沖地震など、大きな災害が発生するたびに、「美味しい缶詰のパンがある」として話題になっていったそう。

災害などの心細いときに、ほんのり甘くて、柔らかいパンがあるだけで、心の慰めになる人も多い。しかもコップいっぱいの牛乳とあわせて食べることで、およそ1食分(500キロカロリー)をとることができる。加えて、味のバリエーション15種類と豊富なので、続けて食べても飽きないよう、工夫されている…。と、聞けば聞くほど、よくできた商品だ。

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ズラリと並んだパンの缶詰。コラボ商品も多く、一度は目にしたことがあるかも?

ズラリと並んだパンの缶詰。コラボ商品も多く、一度は目にしたことがあるかも?


「でもね、この缶詰は、使わないほうがいい商品なんですよ。だって、食べるときは、非常時なわけですから」と少し複雑そうにいう。確かに……。

賞味期限前に回収して、世界中の被災地に届ける「救缶鳥」プロジェクト

しかも、万一に備えた缶詰にも、賞味期限(3年)があり、使われなければ処分しなくてはいけない。

「また、パンを捨てなくてはいけないのか……」。そう思っていた秋元社長は、賞味期限が来る前の「缶詰」を集めて、世界中の飢餓に悩む子供たちに配れたら、一石二鳥になるのではというアイデアを思いつく。

それが「救缶鳥」プロジェクトだ。1缶800円で2食入り。賞味期限3年だが、2年経過するとパン・アキモトが回収し、国内外の支援に利用する。再度、購入してくれた人には100円引きの1缶700円で販売するという。この「救缶鳥」を買えば自分の備えにもなり、同時に社会貢献活動もできるとあって、大企業や自治体、学校などでも採用・協力するところも多いのだとか。回収した「救缶鳥」は秋元社長自ら、フィリピンなどの現地の子供たちに手渡してきた。

写真提供:パン・アキモト

写真提供:パン・アキモト


写真提供:パン・アキモト

写真提供:パン・アキモト


救缶鳥の取り組みは、日本の教科書でも取り上げられたそう

救缶鳥の取り組みは、日本の教科書でも取り上げられたそう


「食べ終えたあとの缶詰は食器にもなってね、本当によろこんでくれるんですよ」とうれしそうだ。この備えつつ社会貢献できる仕組み、実はアメリカでも応用できないかと現在、新しい試みをはじめているのだそう。

2011年3月11日。栃木も震度6弱の被害。物資不足のなかパンを作り、被災地に届けた

秋元社長にとっても、忘れられない2011年3月11日。那須塩原は震度6弱の地震に襲われた。

「私はあの時、会社にいました。デスクやPC、棚などが軒並み倒れて、壁にはヒビが入り、ガスも使えなくなりました。会社に備蓄してあった1万缶の非常パン缶詰は、周囲の会社と協力して、震災発生の翌々日、現地に届けたんです。すぐに追加で欲しいという要請が警察庁から入ったんですが、ガスの復旧、ガソリン不足、計画停電など、難題は山積みでした」と振り返る。

東日本大震災では、自身も被災しながら支援に奮闘した

東日本大震災では、自身も被災しながら支援に奮闘した


まずはガスを復旧させ、缶詰ではない普通のパンを焼き、食料がなくなった地元で販売。それと同時に、秋元社長自身も被災地に入り、パンの缶詰などを配る。ガソリンの手配、パン用の材料の手配など、まさに死闘のような1カ月間だった。

「さすがに妻は、もう会社が潰れるって思ったんでしょうね。そのようすがTVで放映されて、日本全国から支援が集まりました。会社の儲けにはなりませんが、本当にありがたかった」。こうした多くの思いがつながり、今に至っているという。

「災害はね、日常で起こるんです。フィリピンでも、ハイチでも同じ。みんな普通に暮らしている日に、災害が起きる。行政の人も大切な人やものを失いながら、必死に対応しているんです。だから、誰かが助けてくれるではなく、まずは自分が備えないと」と力をこめる。

写真提供:パン・アキモト

写真提供:パン・アキモト


筆者もだが、ともすると日常生活の忙しさ、安全さになれてしまい、大丈夫だろうと思いがち。だが、あらためて自分と家族のための「缶詰パン」を用意し、万一に備えなくては、と痛感させられた。

取材・文:嘉屋恭子 撮影:松本幸子

■取材協力

株式会社パン・アキモト
http://www.panakimoto.com