「競争に勝つ」ことこそ最高のプレゼンテーション│岩崎夏海
「すごい」というのが見えにくいものには、「すごい」と見えるような工夫が必要である
近頃つくづく思うのは、世の中には「すごい」というのが見えやすいものと、見えにくいものがあるということ。そして、「すごい」というのが見えにくいものには、「すごい」と見えるような工夫が必要だということ。その工夫――プレゼンテーションこそが、何よりだいじだということ。
若い頃は、そういう工夫を嘘くさく感じていた。中身がなくて外面ばかり取り繕おうとする人を軽蔑し、自分は中身で勝負しようと思っていた。そのため、外見にはあまり力を入れてこなかった。ぼろは着てても心は錦で、むしろ外見に気を遣わないことこそがプレゼンテーションだとすら考えていた。
しかし、世の中はそうなっていなかった。社会に出てから20年かかって、ようやくそのことに気がついた。
中身というのは、まさに中にあるから、外からは見えない。しかし人は、中を見る前に、どうしたって外を見る。そして中を見てもらうためには、まず外見を見て、興味を持ってもらう必要があるのだ。そういう手順を経ないと、中身まで見てもらえない仕組みになっている。
だから、中身を「すごい」と思ってもらいたかったら、まず外見を見て「すごそうだ」と思ってもらう必要がある。この順序を分かっていなかったことが、ぼくが長い間プレゼンテーションを怠ることの原因になってしまった。
しかし、プレゼンテーションの大切さに気づいてからは、むしろそこに注力するようになった。ファッションに気を遣うようになったのもそのためだし、文章はもちろん話し方や立ち振る舞いに至るまで、全てプレゼンテーションなのだと心得て、興味を持ってもらうよう工夫するようになった。
そうすると、一つ、面白いことが見えてきた。
それは、「競争の効用」である。人に「すごそうだ」と思ってもらうためには、「競争に勝つ」というのは非常に有効な手段なのだ。
競争に勝つことによって「すごい」ということが見えやすくなる
競争というのは、すぐれたプレゼンテーションの場である。そこで勝つことによって、「すごい」ということが見えやすくなる。
競争に勝つことで「すごい」と見せている人として、ぼくがまず真っ先に思いつくのは、将棋棋士の羽生善治さんだ。羽生さんは、一般に「すごい」と思われているが、それは、羽生さんが競争に勝っているからに他ならない。羽生さんは、実は競争に勝つことだけがそのすごさではないのだが、それを知っている人はほとんどいないといっていいだろう。羽生さんのすごさはあまりにもオリジナルなので、とても分かりにくいのである。
しかし、羽生さんの競争に勝つこと以外のすごさを知っている人がいないわけでもない。それは、例えば羽生さんが書いた本を読むと、そのすごさの一端を垣間見ることができるからだ。
しかし、羽生さんの本を読んだ人のほとんどが、なぜ読んだかといえば、それは羽生さんが競争に勝っていたからだ。もし羽生さんが競争に勝っていなかったら、この本を読むことはなかっただろう。そのため、羽生さんの競争に勝つこと以外のすごさも、いまだに知らないままだったに違いない。
つまり、羽生さんの競争に勝つこと以外のすごさを人々が知るようになったのは、羽生さんが競争に勝っていたからなのだ。そのプレゼンテーションの効用なのだ。
競争の効果が力を増す現代
このように、「競争に勝つ」というのは、本来は伝わらなかったかもしれない何かを伝えるという、非常に大きなプレゼンテーション力を持っている。だから、効果的なプレゼンテーションをしようと考えたら、競争に勝つというのは、一つの効果的な方法となるのだ。特に、現代のように価値観が多様化し、「すごい」というのがなかなか見えにくい時代には、ますます重要な戦略となってくるはずだ。
今、競争に勝つということのプレゼンテーション効果は、ますます力を増している。勝者は全てを受け取るという構造が、ますます加速している。一位が二位を大きく引き離すという構造が、同時多発的に顕在化しているのだ。
例えば、初めてマンガを読む子供がいたとする。すると、その多くが「まずは一番売れているマンガから読んでみよう」と考える。そのため、「ONE PIECE」の売上げばかりが、大きく進捗していくのだ。
例えば、初めてYouTubeチャンネルを登録してみようとしたとする。すると、その多くが「まずは一番登録数の多いチャンネルに登録してみよう」と考える。そのため、Hikakin氏のチャンネルだけが、登録者数を大きく増やし続けているのだ。
それは、映画「アナと雪の女王」や村上春樹さんの小説、ホリエモンの有料メルマガなど、ありとあらゆる場面で起こっている。今、「競争に勝つこと」ほど、大きなプレゼンテーション効果を期待できるものはないのだ。
企画:プレタポルテby夜間飛行
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岩崎夏海(いわさきなつみ)
1968年生。東京都日野市出身。 東京芸術大学建築科卒業後、作詞家の秋元康氏に師事。放送作家として『とんねるずのみなさんのおかげです』『ダウンタウンのごっつええ感じ』など、主にバラエティ番組の制作に参加。その後AKB48のプロデュースなどにも携わる。 2009年12月、初めての出版作品となる『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』(累計273万部)を著す。近著に自身が代表を務める「部屋を考える会」著「部屋を活かせば人生が変わる」(累計3万部)などがある。
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