女優・伊藤万理華インタビュー「落ち込んでいた時期に、自分から動かないと現状は変わらないと気づきました」
乃木坂46を卒業して3年半になる伊藤万理華さん。女優に加えクリエイターとしても活動し、放送中の『お耳に合いましたら。』では初めて連続ドラマの主演を務めています。漬物会社の社員で、チェーン店グルメ=チェンメシへの愛を語るポッドキャスト番組を始めた役。8月には主演映画の公開も控えていますが、「この先どうすればいいのか、わからない時期もありました」とのこと。どう乗り越えて、ここまで来たのか、語ってもらいました。
何を言ってるかわからなくても、おいしさは伝わるように
――ドラマは自分でもよく観てましたか?
家族でごはんを食べるとき、テレビは必須でした。次の日に学校でも「あれ観た?」って話題になるので、小・中学生の頃はドラマはめちゃめちゃ観てましたね。特定の番組というより、お茶の間の団らんという感じで。乃木坂46を卒業してから、また配信でいろいろ観出しました。
――テレビ東京の深夜ドラマは、独特なテイストがありますね。
あまり制限をかけずに、面白いことをやっている印象がありました。最近コンプラインスがどんどん厳しくなる中、それでも大人たちが遊ぶことをやめない枠、という感じがします(笑)。
――『お耳に合いましたら。』で万理華さんが演じる美園が、チェンメシのおいしさをポッドキャストで伝えていくのも、この枠の飯テロ路線を継いでいます。
美園は性格的に、思い入れのあるチェンメシを食べることで、やっと自分の気持ちを吐き出せて。「これが好きで、思い出があって、おいしいんだ!」という言葉がワーッと溢れて、自己満足なんです。でも、ヘタなしゃべりで何を言っているか全然わからなくても、何だかおいしそうに思える。そんなテンポが大事だと思っています。
――おいしく見せるコツがあるというより、溢れる想いが大事だと。
もちろん映像作品として、「すくう瞬間をスピーディーに」というようなことはあります。食べながらしゃべるときもあるので、どのタイミングで口に運ぶかも考えます。でも、美園は配信を始めたばかりの素人だから、とにかくやってみる。「おいしい! 好き!」という気持ちを出すのが第一だと思っています。
好きなことを語ると止まらないのはわかります
――美園は入りやすい役でした?
この大役をいただいたのは、きっと美園のキャラクターが自分に近いからだと思っていました。好きなことに没頭して、語り出したらワーッと止まらなくなるところはすごくわかって、やりやすいです。それ以外のことだと「いや、私なんて…」と引いてしまう性格も、私と同じです。
――万理華さんが没頭するのはアートに関すること?
多趣味ですけど、私はカルチャー方面で好きなものが多いです。同じものを好きな人たちと話すのが、一番至福の時間です。
――チェンメシとかラジオとか、直に美園と好きなものが同じわけではなくて。
でも、ずっと(番組と連動する)Spotifyさんのユーザーで、ポッドキャストのコンテンツがあることも知ってました。役としてとはいえ、自分の声がポッドキャストで配信されることはすごいなと思います。
初めてのお芝居から「これをやっていくんだろうな」と
――万理華さんが女優を志した原点はどの辺にありますか?
はっきり覚えているのが、乃木坂46のデビューシングルの個人PVの撮影です。10年前、私が15歳のときで、初めてカメラの前で演技をしました。そこで「演技が好き」とかでなくて、何となく「私はこういうお仕事をやっていくんだろうな」と感じたんです。
アイドルとしてデビューする前に映像のお芝居をして、現場の空気感とか、技術のスタッフさんが機材を動かす音とか、照明の明るさとか、全部鮮明に覚えています。初めて体験した環境に、すごく興奮した記憶があります。
――確かに、あの『ナイフ』での万理華さんには、ただならぬものが漂っていましたが、それまで演技をしたことはなかったんですね。
まったくありませんでした。乃木坂46に入る前にモデル系の事務所に入っていたときも、女優なんて絶対できないと思っていて。それが15歳でその現場を体験して、やっと自分が目指すものを見つけた感じがしたんです。これからアイドルをやることになっていたのに、何か不思議な気持ちでした。
――小さい頃からアートに触れてきただけに、クリエイティブな世界に惹かれる感覚があったのかもしれませんね。
そうですね。未知数のアイドルグループが、実験的に新進のクリエイターと何か作ってみようと、監督と1対1のコラボレーションをしたのが個人PV。今考えると、すごいコンテンツだったと思います。
当時はそういう意味合いは知りませんでしたけど、グループ時代に個人のショートフィルムを10本以上撮って、出会ったクリエイターさんたちも、今すごく活躍されています。お芝居が好きというより、「こういう方たちとお仕事したい」という感覚が強かったです。
アイドルは向いてなかったけど新しい自分を発見できて
――乃木坂46時代は「個人PVの女王」と言われていましたが、アイドル活動をしつつ、女優志向はずっと強かったんですね。
とにかく映像作品で表現することに興味を持って、自分の手グセや顔グセ、ちょっとした動きをいいと言ってもらえると、すごくうれしかったです。
照明とか技術とかいろいろあって成り立つもので、そこに自分の発する台詞や表情が入って奇跡が生まれる。『ナイフ』も15歳でお芝居をやったことがない私だったから、ああいう作品になったわけで、今の自分には絶対できません。
『まりっか’17』とか『まりかっと。』とかポップな作品もいろいろやって、それを観てくれていた方たちがいたんです。『お耳』のチームもそう。私はアイドルに向いてないと思ってましたけど、乃木坂46時代に出会った作品や人のおかげで、新しい自分を発見できました。今ここに繋がっているんだと考えたら、本当に運命的です。
――今までで特に演技の醍醐味を感じた出演作というと?
LINE VISIONで配信した『私たちも伊藤万理華ですが。』です。私が乃木坂46に入ってなかったら…という世界観で、演じさせていただいたのが4役(女子高生、新人AD、恋愛カウンセラー、夜間警備員)。自分をスピーディーにいろいろな役に変換するのは、すごく技術が必要でしたけど、企画段階から関わって勉強になりました。
何もない状態で自分と向き合ったのは大事な時間でした
――乃木坂46を卒業して2年くらいは、女優業がなかなか軌道に乗らなかったとか。
そうですね。2018年、2019年と、ポツポツとお仕事があるくらいで、どうしたらいいのか、わからなくなってしまいました。そこで待つだけではダメだと、個展を開いたり、自分から動き出したんですけど、その2年のおかげで、気づけたこともたくさんありました。
ウジウジ悩んで地の底まで落ちていたときに、グループ時代がいかに恵まれていたかも、お仕事をいただけるありがたみもわかりました。1人で何もない状態になって、私は何をやりたいのか、何を目指していくのか、自分と向き合いました。それは大事な時間だったと思います。
いろいろ気づくまで2年もかかってしまいましたけど、アイドルを卒業して、すぐお仕事をたくさんいただいていたら、今の気持ちはまた違っていたと思います。
――演技自体で壁にぶつかった作品もありますか?
『賭ケグルイ』ですね。お仕事が少なかった時期に、髪を今の短さにバッサリ切って、ジェンダーを越えた役を演じさせていただきました。原作にないオリジナルキャラクターで、真っ白な状態からあの役を作るには、当時の自分の技術が追い付いてない実感がありました。
――『賭ケグルイ』は登場人物の多くが尋常でないテンションで、万理華さんが演じた犬八十夢も、遠吠えのように絶叫したりするシーンがありました。
何だかわからないけど「とにかくやるぞ!」と、ガムシャラに暴れるキャラクターで、私も私で、どう演じたらいいかわからないけど、「やるしかないんだ!」みたいな気持ちでした。もっと心の余裕があったら、また違ったと反省しています。男の子の役だと、最近、枝優花さんに撮っていただいたショートフィルム(solitude ability)では、入り込んでできました。
言葉が心から溢れ出る感覚を大事にしています
――いろいろ経て今、女優として特に大事にしていることはありますか?
お仕事をいろいろいただく中で、リアリティラインがあったり、なかったりして、現実味がない台詞は難しいです。でも、たとえ経験はしてなくても台詞にするときは、ちゃんと自分の心から出た言葉として伝えるようにすることは、意識しています。
『お耳』でも、“ポッドキャストやってます。チェンメシを食べます。台詞を言います”ではなくて。心から「うわーっ、おいしいっ!!」となったから言葉が溢れて、「誰か聞いて!」みたいな感覚になれるかどうかが、一番大事かなと思います。
――演技でも他のことでも、悩んだり落ち込んだりは今でもしますか?
もちろん。感情の波はすごく激しいので。でも、2年前にお仕事がなかった頃、落ち込んで味わった気持ちを個展にぶつけたんです。だから、落ち込んだことも無駄だとは考えないようにしていて。次に頑張れば、いい経験だったと思えるので、それはそれで大切にしています。
――バイトを探している読者の方も、今はご時世もあって、思い通りにいかないことがあるようです。
そういう時期って、必ずあると思います。もうどうしようもないと感じて、立ち止まってしまうときもあるかもしれない。でも、ほとんどの人が諦めないで次に向かっているわけだし、とにかく生きていれば大丈夫だと思います(笑)。
私もただ待っている時期がありましたけど、自分から動かないと現状は変わらないんですよね。気になることがあったら、とりあえず足を運ぶ。いろいろなものを見て、いろいろな人と話してみると、刺激を受けて自分がどんどん変わります。それで好きになったものは、きっと何かに繋げられると思います。
面白いことができる映像作品に関わっていけたら
――『お耳に合いましたら。』の美園も、人前で話すのが苦手だったのが、大好きなチェンメシについて語るポッドキャストを始めて、成長するようですね。
そうですね。今は実際に発信できる場はたくさんあるし、誰にでも好きなものはあるじゃないですか。その好きという気持ちには、技術を上回る熱量があると思うんです。このドラマで、美園が好きなことに奮闘している姿を見て、勇気を持ってもらえたらうれしいです。
――8月には主演映画『サマーフィルムにのって』も公開されます。これからも主役をたくさん張ることも、目指していきますか?
私はただ映像コンテンツが好きなので。映像で面白いことをしている方たちが魅力的で、『お耳』や『サマーフィルム』のような実験的な作品に関わっていきたい気持ちが強いです。
――やっぱり万理華さんは作品志向なんでしょうね。
これからも普通に映像に関わりたくて。主役かどうかより、自分のことを面白いと思ってくれる方の作品に出たいです。
■Profile
伊藤万理華(いとう・まりか)
1996年2月20日生まれ。大阪府出身。2011年に乃木坂46の1期生オーディションに合格。2015年に映画『アイズ』で初主演。2017年12月に乃木坂46を卒業し、女優に転身。主な出演作はドラマ『ガールはフレンド』(TOKYO MX)、『東京デザインが生まれる日』(テレビ東京)、映画『賭ケグルイ』、舞台『DOORS』など。8月6日公開の映画『サマーフィルムにのって』に主演。
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企画・編集:ぽっくんワールド企画 撮影:松下茜 取材・文:斉藤貴志
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