俳優・稲葉友さんインタビュー 「選択肢も増えているこの時代、やりたいことがあるのなら好きにやればいい」
人気ミステリー作家・乙一が、安達寛高名義でメガホンをとった「シライサン」で、主人公とともに大切な人たちの死の謎に迫る青年・春男に扮した稲葉友さん。近年は俳優業のみならず、ラジオパーソナリティーとしても活躍する稲葉さんの本作にまつわる秘話、そして、デビュー10周年の俳優業への思いをインタビューしてきました。
春男の感情に寄り添って演じることを意識しました
――物語は親友を失った瑞紀(飯豊まりえさん)と、弟を失った春男がその死の真相を探るところから始まりますが、春男を演じるうえで意識したのはどんなことですか?
春男が疑問を抱いた時は作品を観ている皆さんも疑問を抱き、春男が答えにたどり着いた時は見ている側も同時に答えにたどり着く。そんなふうにストーリーが展開していくので、春男=観ている側という視点でいることを心がけていました。
――弟を失った春男は悲しみに暮れるのではなく、勇敢にもその謎に踏み込んでいきます。
表現として正しいのかどうかわかりませんが、家族が変死したことで好奇心というか探求心が芽生え、その謎に迫りたくなる理由は何だろうと……。単純に「分からないから知りたい」でもいいんですけど、春男のどういう要素が彼を動かしているのか、家族との関係性はどうだったのかなど春男の感情にきちんと寄り添っていけば、彼の行動の真意が理解してあげられるんじゃないかと思って演じていました。
“シライサン”はジャパニーズホラーの新たなアイコン
――優しさの中に秘めた春男の強さが十分に伝わってきました。ホラー映画は、登場人物と対峙する“象徴”が作品の肝を担い、そこにジャパニーズホラー独特の空気が漂うことで多くの人気を集めていると思うのですが…。
ジャパニーズホラーの場合は、“象徴”が腕力じゃないんですよね。そこが日本人っぽいというか、絆や、つながりを大事にしていて、絆があるからこそ恨んだり、束縛したくなったりする。海外の作品はわかりやすく大柄な男性がチェーンソーを振り回したりしますけど、そうじゃないのがジャパニーズホラー独特の怖さで、そんな部分が海外でも高く評価されていると思うんです。
――今作のシライサンも、不幸な過去が垣間見えたり、怖さの中にどこか愛らしい部分をあわせもったキャラクターだと感じました。
“怖さ”を担う対象が、いかにも恐ろしげな男性やモンスターではなく、普通の女性だったり子どもだったりするんですよね。それなのに、ある瞬間に言いようのない恐怖を発揮する。そこには腕力では太刀打ちできないような、“絆やつながり”といった感情が絡んできて、理解できないわけではないからこそ恐怖を感じる。「シライサン」に関しては“目をそらしたら死ぬ”というルールまで課せられているので、余計怖いんですよね。クラシックさもありつつ、現代の風潮みたいな要素も取り入れていて、新しいジャパニーズホラーのアイコン誕生を感じました。
安達監督の演出はとても穏やかで、健康的な現場だった
――シライサンのビジュアルもなかなか衝撃的でしたが、瑞紀と春男が2人で食事をするシーンもとても印象的で……。
あのシーン、撮り方が気持ち悪くないですか? 撮影の時から違和感があったんです。2人の人物が食事をするシーンなのに、それぞれを真正面からしか撮ってない…。
――楽しいはずの食事シーンなのに、正面からの1ショットはちょっと異様でした。
あれこそが監督のこだわりポイントで、完成した映像を見て、現場で感じた違和感の正体はこれだったんだとハッとしました。「気持ち悪い」というと語弊があるのかもしれませんが、この作品には必要な違和感だったんだと思います。
――現場での安達監督とのやりとりについて聞かせてください。
監督はズバズバと演出を決めていくというより、「僕はこう思っています」ということを伝えてくださったり、逆に「どうしますか?」ってこちらに聞いてくださったりして。たとえば「僕は2パターン考えているんですけど、こう思ったのでこっちをやりました」と言うと、「もう一つも見てみたいです」というように、実に穏やかなやりとりが続いていました。
――ホラー映画なのに穏やかだったんですね(笑)。
そうなんです(笑)。監督が言葉を発するまで多少の時間があるんですけど、監督の頭の中にはたくさん言葉があるんだろうなということが見ていてわかるんですよ。その段階で監督の意向をいかにくみ取れるかというある種、勝負みたいなものがこちらにもあって、監督にとっても初めての長編作品でこだわりもあるだろうし、こちらも芝居を提示しなければならない。だけど、誰もピリピリはしてなくて、とても健康的な空間でした。
デビュー10周年。僕の選択は間違ってなかったと胸を張れる
――監督はミステリー作家でもあるだけに「こう演じてほしい」と指示するよりも、ニュアンスを大事にしていたのかもしれません。ここからは仕事観についてお聞きしたいんですが、今年でデビュー10周年だそうですね。
いろんな方と出会い、いろんな作品と出会い、いろんなことを経験していろんなとこへ行けた10年でした。それはこの仕事をしていたからこそだと思うんです。もし、違う選択をしていたら、出会えなかった人たちもいるわけで、自分の選択は間違ってなかったと胸を張って言えます。
――デビュー当時と現在では仕事への向き合い方などに変化はありましたか?
はっきりとはわからないんですが、当然、変わってはいると思うんです。デビューした頃はまだ高校生でしたし、26歳になった今、仕事一つ一つの捉え方がシビアになった。年齢ゆえの甘えなど削っていかなければいけませんし、これまで同様、「目の前のことを精一杯やろう」という意識は強まりながらも、もう10年やっているんだから、広くいろんなことを見なきゃいけない、周囲の期待にも応えなければいけないなど考えるようになりました。
自分の変化を認められるようになったことが一番の成長
――年齢を重ねることで、環境や背負うものも変わってきますから……。
自分のことを昔から知っている人に「変わったね」って言われるのも寂しいし、「変わってないね」って言われるのも、どこか腹が立つ。このことが関係して、変わらざるを得なかったのかなって。自分の変化を認めてほしいし、変わらない良さも認めてほしい。結局、自分の都合でしかないのかも知れませんが(苦笑)。そんな自分を認められるようになったことが一番の変化で、成長した部分なのではないでしょうか。
――変わることの良さと変わらないことの良さ、人間の感情って複雑です。
うまく表現できないんですが、経験値が、自分の中の窪みの中に一つずつ溜まっていっている感覚と、平場に積みあがっている感覚の両方があって、自分では窪みにたまっているほうが腑に落ちるんだけど、平場に積みあがっていくほうが、また違う景色が見えたりするんです……。すごく感覚的な話なんですけどね。そういうことをこの10年で経験してきたので、理想のカタチとなるまでにどれぐらいかかるかはわかりませんが、次の目標へと向かっていければいいなと思います。
――今後の活動も楽しみにしています。最後に、目標に向かって日々奮闘している若い世代へメッセージをお願いします。
やりたいことがあるのなら、好きにやったらいいと思います。時代も時代ですし、選択肢も僕らの頃より格段に増えている。自分が選んだ道の先にはきっと充実した日々が待っていると思うので、早めに好きな方向へと進むべきなのではないでしょうか。もちろん、そこには責任もともなってくるということも忘れずにいてほしいです。
稲葉友(いなば・ゆう)
1993年1月12日、神奈川県生まれ。2010年、ドラマ「クローン ベイビー」(TBS)で俳優デビュー。主な出演作にドラマ「仮面ライダードライブ」、「ひぐらしのなく頃に」シリーズ、「平成ばしる」、映画「N.Y.マックスマン」、「春待つ僕ら」、舞台「エダニク」など。1月20日スタートのテレビ東京ドラマBiz『病院の治しかた~ドクター有原の挑戦~』に江口智也役でレギュラー出演が決定。J-WAVE「ALL GOOD FRIDAY」ではラジオパーソナリティーも務めている。
◆OFFICIAL SITE:https://yu-inaba.lespros.net/
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編集:ぽっくんワールド企画
撮影:河井彩美
取材・文:荒垣信子
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