カレー沢薫の「バイト丸わかり図鑑」巫女バイト編
これを書いているのが11月中旬、そろそろ年末が近いし、巷にはクリスマス商品が溢れ、それが終わると一夜にして正月用品に入れ替わる。
あまりにも短時間で入れ替わっているため、もしかして今飾られているツリーらは「裏返すと門松になるクリスマスツリー」なのではないかという疑念すら抱き始めている。
だとしたら「クリスマスツリーを裏返して門松にするだけの簡単なお仕事」も存在するはずだ。
私の社会復帰の第一歩として相応しい仕事と言えるので、そういう求人を見つけた、もしくは裏(返し)の仕事を斡旋しているという方がいたらぜひご一報いただけると幸いである。
「簡単なお仕事構文」と言えば「お刺身に菊の花を乗せるだけの簡単なお仕事」が有名だが、実際そういう募集は見たことがないし、飲み屋で「俺も昔はかなり菊を乗せてた」という武勇伝を語っている方にも出くわしたことがない。
しかし、あの菊がたまたま刺身トレーから生えた、というのでなければ誰かが乗せているはずである。
もしかしたら「菊乗せAI」がやっているのかもしれないが、その仕事だけは、人間に返してやってほしい。
このように、世の中には「存在はしてそうだが、自分に縁がなく実態がつかめないバイト」というものがある、今回のテーマもその内の一つなのではないだろうか。
「巫女アルバイト」
これが今回紹介するアルバイトだ。
まず「巫女」と「バイト」が老舗割烹のお品書きに達筆で「BLTサンド」と書かれているような違和感があり、結びつきにくいというのがある。
だからと言って「正社員の巫女」ならしっくりくるか、というとそうでもない。
もし正規雇用の巫女がいたとしても、大晦日や正月の参拝客を常勤している本職巫女だけで捌くのはよほどの過疎神社でなければ無理である。
ちなみに私の地元の神社は正月でも「3人」しかおらず、メンバーは「俺、お母さん、お兄ちゃん」であり、神社側は「無人」だった。
トップである「神」が正月返上で「見ず知らずの人間に次から次へと願いごとをされる難しいお仕事」をしているのだから、それに仕える人間がガタガタ言うなという話かもしれないが、神と違って人間の体力と命は有限なので、繁忙期は人海戦術で何とかするしかない。
そんなわけで「巫女アルバイト」は存在するし、大晦日から正月にかけてが「巫女バイトシーズン」である。
巫女バイトは助務と呼ばれ、主な業務は「破魔矢やお守りの販売」である。
流石にバイトに「祈祷」とか「舞の奉納」のような重要ポジをいきなり任せることはない。
つまり俗世間で言う所の「物販ブース担当」なので、そこまで複雑な仕事ではなく、商品や値段などは覚えなければいけないが、普通の小売り業務と大差はなく、資格やスキル、巫女経験がなくても特に問題はない。
ちなみに、今のご時世求人に性別制限を設けるのは原則、法律的にご法度だが、それに対抗しうる「宗教上の理由」というものもあり、巫女に関しては男女雇用機会均等法の適用外であり、巫女の求人は基本的に女性のみ対象である。
ただ最近では、男の魔法少女も登場しているので、今後どうなるかはわからない。
しかし、バイトと言えど巫女がコンビニのように「バイト」や「研修中」のプレートや、若葉マークをつけているのは見たことがない。
参拝客はあくまでちゃんとした巫女として見てくるので、マナーに関しては、俗世でいうところの物販業の中でも厳しい方と思われる。
髪型やネイル、十字架やドクロを含むアクセサリー類など、身だしなみにも制限がある場合も多いだろう。
また神社ならではの特殊なマナーを覚えなければいけない場合もあるだろう。
だが逆に言うと巫女バイトをすることで、あまり知られていない神社マナーが身につき、参拝客として来た時、新年早々聞かれてもない神社うんちくを披露するチャンスを得られるかもしれない。
巫女バイトの仕事自体はそこまで複雑ではないようだが、何せ年末年始は参拝客が多いため、相当忙しいとは思われる。
しかし忙しいからと言って、腕まくりやねじり鉢巻き、バンダナの装着は許されないだろうし「ちょっ、無病息災補充まだすか!?」などと参拝客の前で裏方を煽ってはいけない。
あくまで巫女としての体裁を保ちながら、世界的ロックバンドの物販ブースレベルの客をさばいていかないといけないので、水面下で足を漕ぐ白鳥のような大変さがあるかもしれない。
巫女として相応しいふるまいをしなければならないというのは大変ではあるが、逆にいうと「巫女になれる」ということでもある。
「巫女」と言えば、漫画やゲームのヒロイン枠として根強いファンがいる属性なので、コスプレではなく、バイトとはいえ本物の衣装を着て巫女になれるというのは、ある意味特典と言って良い。
しかし「巫女の衣装を着られる」というのは諸刃の剣でもある。
何故なら巫女の衣装というのはどう見ても「真冬の格好」ではないからだ。
「神に仕える身として寒さに耐える」というのは巫女の仕事ではないので、カイロや温かいインナーの準備はしていこう。
思い起こせば、学生時代、巫女のアルバイトをしたという同級生がいたような気がする巫女は意外と季節バイトとしてはメジャーなものなのかもしれない。
しかし私はその時期、巫女衣装ではなく、蛍光色のジャンパーを着て年賀状を配るバイトをしており「巫女」という発想すらなかった。
来世は年末年始のバイトと聞いて「巫女」と発想できる人間に生まれたい。
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