カレー沢薫の「バイト丸わかり図鑑」給食調理スタッフ編
私は放っておくと同じものを365日食べ続けてしまうタイプの偏食だが、好き嫌いは意外と少ないので「給食」が食べられなくて困った、という記憶は保育園ぐらいまでしかない。
むしろ中学生ごろにはすでに食う以外の楽しみがない人生を送っていたため、給食は楽しみな方であった。
しかし、そんな自分でも「この俺がバカな」と膝を折るメニューが年に1回ぐらいあり、私が食えない物は大体他の生徒も食えていなかった。
私が記憶している中で脅威の未完食率を誇ったのが世界の給食週間に登場した「ザワークラウト」である。
オシャレな名前だが、簡単に言えばキャベツの酢漬けでありドイツではポピュラーな食べ物らしい。
だが発酵食品だけあって独特の匂いがあり、私含むほとんどの生徒が残していた。
今思えばあれはドイツの納豆ポジだったのではないか、ならばまずかったのではなく、日本のキッズの舌にはまだ玄人すぎたのだろう。
このように「給食の思い出」を尋ねれば、誰しも一つは「教室が騒然とした衝撃メニュー」の記憶を持っている。
その一つが「オレンジごはん」である。
知人の小学生時代の給食に登場したメニューらしいが、この名前を見た瞬間、大体の想像がつくが、同時に「まさかそんな」とも思うだろう。
そんな子どもたちのすがるような思いを粉砕しながら登場してくるのが、予想通りの「みかん果汁で炊かれた飯」なのだ。
一見奇をてらったメニューにも見えるが、みかんの名産地である愛媛などでは、「みかんずし」と言って、かつて希少であった米酢の代わりにみかんを使って作った郷土料理があるらしい。
ちなみに、知人の地元はみかんとは特に関係ない土地だったそうだ。
しかし、ザワークラウトしかり、必ずしも伝統食が子どもに受けるとも限らず、残し率は脅威の9割越えだったそうだ。
そして教室からは「別々に出せよ」という、子供らしい率直な意見が相次いだという。
確かに別々に出せば安牌給食メニューになるごはんとみかんをなぜあえてチャレンジングなオレンジごはんにフュージョンさせたのか。
栄養士がメガテソにハマって何でも合体させたい気分だった可能性もゼロではないが、おそらく「子供たちを楽しませたかった」のではないだろうか。
確かに、みかんとごはんを別々に出して文句をいう生徒はいないだろうが、メニューとしては「平凡」である。
給食は栄養価やコストなど、様々な制約の中で作られており、正直同じようなメニューのローテーションにもなりがちだ。
そんな縛りの中で、少しでも子どもがワクっと来るような目新しいメニューを出したかったのではないか。
ただ、トライにはエラーがつきものであり、作る側の志に子供の舌がついてこれないこともままある、ということだ。
今回紹介するのは、そんな日々真面目に子供の食育を担う「学校給食」の調理の仕事である。
学校給食の調理の仕事はパートの募集が多く、勤務時間は平日9時から15時まで程度、夏休みなど学校が休暇中には給食の仕事も休みになるため、学校に通う子どもを持つ親世代に人気の仕事のようだ。
主な業務は野菜の下処理や食材の裁断、材料を鍋に入れるなどの調理補助、仕分けや配膳、食器の後片付けになる。
献立を考えるのは栄養士が行い、パートは現場管理者の指示に従い調理を行うので調理師免許は不要で経験も問われないことが多いようだ。
特徴として、食べるのが子供なため野菜などを念入りに細かくする必要があるという。
またハンバーグやコロッケなどメイン料理は大きさに差があると乱闘がおきかねないので、一つ一つ重さをはかるそうだ。
また同じ子供でも小1と小6とではチワワと土佐犬ぐらい食べる量に差があるため、学年によってグラム数を変える必要があったりと、手間のかかる作業が意外と多いようである。
しかし基本的には、決められた分量と手順通りに行えば良い仕事なので、料理というよりは、工場作業など、マニュアルに沿って正確に淡々と仕事をこなすのが得意な人に向いている仕事のようだ。
ただ、数百人、数千人の給食を数人から数十人で作るため、自分の仕事だけ黙々とやっていれば良いわけではなく、ある程度周囲との連携が求められるという。
先日、別の仕事で給食従事者のための情報誌、という激渋な雑誌を読んだのだが、最近の給食では、我々昭和キッズ時代のように「完食まで居残り」のような体罰的教育はしていないらしい。
ここから脱出したいという一心で牛乳で流し込んだ嫌いな食べ物を、それで好きになれたかというと「余計嫌いになった」と答える者が大半である。
偏食をなくすのに「無理やり食べさせる」のは意味がないし逆効果なのだ。
では現在ではどうやって子供の偏食をなくさせようとしているか、というとまず「国語」などの授業で、「にんじん」や「ピーマン」など、野菜の名前から教え、書かせたり、歌にして謳わせたりするところからやっているらしい。
確かに、好きな子の名前を意味もなく、くるったようにノートに書いてみたりするように、逆に名前を書くことで好きになることもあるかもしれない。
しかし居残りという強権で食べさせていた時代に比べてあまりにも地道な努力だ。
嫌いなものを無理に食べる必要はないと思うが、食べさせる側も何とか楽しく食べてもらおうと苦心している、ということも忘れてはならない。
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