お笑い芸人・EXIT兼近大樹さんインタビュー「やってみることがとにかく大事!自分の向き・不向きはバイトをする事で学べた」
EXITりんたろー。さんインタビュー
「介護の仕事を通して学んだ、”いろんな人の立場にたって楽しませる事”」
家計を支えるため、新聞配達のバイトを始めた中学時代
――兼近さんは、かなりたくさんのバイト経験があると伺いました。今、パッと思いつくものを挙げると、どんなバイトがありますか?
たぶん50種類くらいやったから、もう記憶が曖昧なんですけど、中学の時は新聞配達(※労働基準法第56条例外より)をやっていて、中学卒業後は、いろいろ掛け持ちしてました。ファミレス、コンビニ、焼肉屋、たい焼き屋、たこ焼き屋……飲食店はほぼやったと思います。あとは、テレアポ、カラオケ、パン工場、鮭の缶詰工場、車のネジを作る工場。バーテンダーやベビーシッターもやったし、やってないバイトが思いつかないっすね(笑)。
――おお~! 最初にバイトを始めたキッカケはなんだったんですか?
うちは長いこと母親が1人で養ってくれていたから、家がすごく貧乏だったんですよ。兄弟もいたし。だから、家計を支えたかったんですよね。それで中学生でもできるバイトを探して、学校や役所に許可をもらって、朝、学校に行く前に新聞配達をやってました。でも、当時は家が貧乏だっていうことがコンプレックスだったので、働いてることを友達にバレたくなくて。バイトのせいで遅刻しないように気をつけて、こっそり働いてました。
――兼近さんの地元は北海道ですが、真冬の間も自転車で新聞を配達するんですか?
もちろん。新聞の量も多いし、北海道は家と家の距離が信じられないくらい離れてるから、大雪の中でも自転車で走っていくしかないんですよ。でも、転んだら、もう1回店に新しい新聞を受け取りに行かなきゃいけなくて、それをやってると確実に学校に遅刻するので。そうならないように、転ばない走り方を編み出しました(笑)。
バーテンの仕事を経験したことで、人を見る目が養われた
――中学時代から努力家だったことが窺えます。中学卒業後はさらにバイトを優先した生活になっていくわけですが、それも“家計のため”が大きな理由ですか?
昼は建築系の力仕事をして、夜は居酒屋で働くとか、できる限りバイトしてましたけど、ただ家計を支えるために、無理して掛け持ちしていたわけではなかったですね。人生において、“仕事”って一生付き合っていくものじゃないですか? もし自分が働いていなかったとしても、誰かが働いてお金を稼いで、それで養ってもらってる。みんな、そうやって生きてると思うんです。じゃあ、僕は何ができて、何をしてお金をもらいながら生きていくのが楽しいんだろう?って思って。あえて、いろいろなバイトを試してました。
――10代でそこまで考えていたとは。
僕、中卒なんですけど、そのまま高校に通ってた友達が、親や先生から“こういう進学をして、こういう仕事に就く”って人生の選択肢を与えられてるのを見て、僕は違うなって思ったんですよね。そうじゃなくて、自分でやってみて、どういう仕事が楽しいかを見つけたかったんです。だから、興味を持ってバイトを始めてみたけど、入ってみて合わないなって思ったら、潔く辞めて次のバイトを探すようにしてました。
――今までのバイト経験を振り返ってみて、自分には合わなかったけど、やってみてよかったと思うバイトってありますか?
一時期、週1で、バーでお酒を作る仕事(バーテンダー)をしてたんですけど、それは合わないながらも結構長く続けてました。バーを選んだ理由は、いろんな人がいて、いろんな駆け引きがあるんだなっていうのを学べる場なので、みんな、1度は経験したほうがいいんじゃないかなって思いますね。僕は性格的にあの世界観を素直に楽しめなかったんですけど、この仕事を経験したことで人を見る目が養われたなって思います。出会いもたくさんありますし、お給料もいいので、バイトにそういう要素を求める人には向いていると思います。
どんなバイト経験も、すべて仕事に活かせるのが芸人の魅力
――バイトと芸人の両立での苦労はありましたか?
バイトを始める時は事前に「芸人を目指してるから、急に休むことがある」っていう話はしました。 それはちゃんと言っておかないと、他の人の迷惑になっちゃうので。それでも、あまりにも急にバイトを休むことが多かったから、クビになりました(笑)。でも、クビになったから困るとか、夢とバイトを両立するのがしんどいとかは思ったことがないですね。それも、自分が楽しいと思える仕事に就くため、芸人になるための過程なので。
――では、数々のバイト経験の中で、兼近さんが、今の仕事に特に活きてるなぁと思うものはなんですか?
活きてるっていう意味では、イベントスタッフですね。イベントスタッフは、いろんな場所に行けるし、お笑いライブのスタッフもできるし、時には自分がイベントのMCを任されることもあったので、今の仕事にすごく繋がってます。でも、芸人の場合、どんな経験も仕事に活かされるので、何ひとつ無駄じゃなかったなって思いますね。
――どんなバイトをしても、ネタになりそうですよね。
それもありますけど、居酒屋ひとつをとっても、箸を落とす音が聞こえたら、すぐに箸を届けに行くくらい、気遣いができるようになったり。工場の流れ作業を経験したことで、前の人がつっかえたら作業が滞っちゃうから、そういう時の対処法もわかるようになったり。たくさんバイトをやってたことで、いろんなことが身についたなって思うんですよね。逆に、一箇所だけでずっとバイトをしてたら、柔軟性がなくなっちゃうんじゃないかな? 環境ってどんどん変わっていくと思うから、臨機応変に対応できるように、兼近はあえていろんなバイトを経験することをお勧めします。
ベビーシッターは、僕にとって仕事上の第2の故郷
――なお、兼近さんといえば、チャラ男芸人でありながらベビーシッターのバイトをしているというギャップが有名です。このバイトは芸人になってから始めたそうですね?
はい、すでに本業が忙しかったのに、バイトを始めました(笑)。やりたいことだったんで、やるしかないなと思って!
――それにしても、なんでそのタイミングで?(笑)
僕、子供が大好きなんですけど、資格がないから、こういう仕事に就くのは無理だろうなって諦めてたんですよ。でも、芸人の仕事を通して知り合った方に、資格がなくても子供と触れ合える仕事があることを教えてもらって。本業を疎かにしてでもこのバイトがしたかったから、やっちゃいました(笑)。さすがに今は忙しすぎて、できてないですけどね。嬉しくもあり、寂しくもあります。
――それほど、思い入れのあるバイトなんですね。
芸人の仕事って、そのうち人気がなくなって、お仕事がなくなる可能性がめちゃめちゃあると思うんですけど、そういう時に戻って来られる場所を見つけたなって思ったんですよね。たぶん、50代60代でも、体が動く限りベビーシッターはできるので。そう考えると、楽しくて、やり甲斐があって、お金ももらえて……職業における第2の故郷、みたいな(笑)。そういう仕事を見つけられたからこそ、今、安心して芸人をやれてるなって思います。
――では最後に、今、夢を追っている人、夢を追うための一歩をなかなか踏み出せずにいる人に何かアドバイスをお願いします。
バイトを頑張った人にしか得られないものも確実にあるから、自分がいる環境のせいにしないで、自信を持って頑張ってほしいですね。ただ、さっきも言いましたけど、嫌な無理してまで続ける必要はないと思うし、夢との両立が難しいなら、どっちかを選ぶしかないから。1人1人、自分に合った良い選択をしてほしいなって思います。
――ありがとうございます。かなり真面目に語っていただいて。
えっ、結構チャラくないっすか!?(笑) って感じで、お後がHere we go!
兼近大樹(かねちかだいき)
1991年05月11日、北海道生まれ。東京NSC19期。
20歳の頃に芸人になることを決意。別コンビでの活動を経て、先輩であるりんたろー。と2017年12月にEXITを結成。チャラ男キャラが光る“ネオ渋谷系漫才”で大ヒット中!
◆EXIT 兼近大樹 Official Twitter:@kanechi_monster
◆EXIT 兼近大樹 Official Instagram:@kanechikadaiki
撮影:河井彩美 取材・文:斉藤碧(ぽっくんワールド企画) 企画・編集:森晶