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2022年09月09日

カレー沢薫の「バイト丸わかり図鑑」害虫・害獣駆除バイト編

カレー沢薫 バイト タウンワークマガジン townwork我が地元は福岡と広島の陰に隠れて完全に見えない、というステルス能力に長けた場所なので、全国区のニュースに登場することはほぼない。
あるとしたら、都会もドン引きの陰惨な出来事が起こった時ぐらいだが、日本のニュースは陰と陽の割合が8:2ぐらいなので仕方がない。

この夏、我が地元、さらに私の居住地から極めて近い場所が全国ニュースに取り上げられるということがあった。
どんな江戸川乱歩が起こったのかと思うかもしれないが、確かに被害者人数だけでいうと八つ墓村を軽く超えている。
普通これだけド派手なことをしでかせば、すぐに捕まってしまうものである。
しかし、ホシは数ヶ月にも渡り潜伏し、その間も被害者を着々と増やしていったのだ。

もはや相手は人ならざる者、乱歩ではなく淳二側の話なのではないか、と思うかもしれないが、それは半分当たっている。

犯人は淳二、ではなく「サル」である。

サルは熊ほど脅威ではないし、むしろ牧歌的にさえ聞こえるかもしれないが、野生動物が本気を出せば人間はあまりにも無力なのである。
易々と住居に侵入され、最悪の事態こそ起こらなかったものの60名以上もの負傷者を出してしまったのだ。
しかも犯行状況からしてこのサルの目的は食べ物などではないようである、人を襲うために人を襲っているとしか言いようがない。
つまり「食べ物なら持っていってくれ」という命乞いは効かない、そもそも最初から言葉が通じないのだ。
さらに、被害者はほとんどが女性と子供、老と明らかに自分より力の弱いものを見極めている狡猾ぶりである。
戦闘能力はもちろん、小テストとかやっても負けるかもしれない、少なくとも「この道具を使ってバナナをとれ」という問題なら確実に負けるだろう。

そんなわけで我が集落ではしばらくの間「この付近で猿が出没しているので外出は控え、戸締まりをしろ」という注意喚起をする「サル警戒カー」が巡回しており、そのたびに悲鳴を上げながら窓がしまっているか確認しにいった。
サルは網戸ぐらいなら余裕で破壊して侵入してくるので戸締まりは必須である、このご時世に換気が不可能というのは痛手だ。

あまりの被害拡大に「サル捕獲作戦を実行する」という回覧板が回ってきたのだが、その前にサルが2匹ほど捕獲され、その後被害がなくなったので、ひとまず我が集落の猿騒動は終息した。

だがもし、捕獲作戦が実行されていたとしたら、そのメンバーは一体何者なのだろうか。

そんなわけで今回紹介するのは「害虫・害獣駆除」のアルバイトだ。

 
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求人数が多いのは、シロアリなどの害虫駆除の方である。

サルには負けるかもしれないが、流石にアリには素手でも負けないだろう。
実際アリと直接格闘するシーンはないが、シロアリ駆除も床下にバノレサソ的なものを放り込めば終了というわけではない。

事前調査や見積もりのあと、床下に薬剤を散布することになるのだが、単純に下から潜るというわけではない。
床下に潜って薬を散布する場合、部屋の畳を剥がし、板を切り取ってそこから侵入という大仕事があり、さらに場合によってはコンクリートの梁を砕く必要もあるそうだ。
そして縁の下は高くても50センチ程度なため、薬剤の散布作業は匍匐前進で行われる。

縁の下が俺の部屋より広いという豪邸でもない限り、作業は相当狭い場所で行われるため狭所に恐怖を感じる人には向かないバイトだ。
当然「虫が苦手」という人もやらない方がいい、縁の下や水回りで作業を行うため、シロアリのみならず、どんな未知の生命体に遭遇するか予想がつかない。

だが、新人がいきなり「床を剥がして薬撒いてこい」と言われることはなく、まずは作業で家具類が汚れないようシートで覆うなどの養生の手伝いから始まり、薬剤や工具の使い方などを学んでいくという。

一日拘束、残業が発生することもあり、仕事を覚えるのに時間を要するので、空いた時間に短期で、というバイトではなく、長期を想定した求人が多い

さらに害虫駆除バイトは、薬剤知識、工具使用技術や匍匐前進能力、突然目の前で害虫の一家団欒を見せつけられてもさSAN値が下がらないというメンタルだけあれば良いというわけではない。

シロアリ駆除業者というのは老人を狙った詐欺の代表例の一つでもある。
「孫の電話は振り込め詐欺と思え」という危機感を持った人間なら、シロアリ駆除業者というだけで警戒心を抱く可能性はある。

フィクションであれば無愛想だが腕は確かという職人が評価されることもあるが、現実は無情だ。
特に害虫駆除は住居に入るため、どれだけ仕事が良くても「こいつを家にあげたくねえ」と思われたら終わりなので、身だしなみや挨拶など相手に悪印象を与えないように振る舞えなければいけない。

このように楽なバイトとは言い難いため、バイト代は高く設定されている場合が多く、アルバイトからそのまま社員に、ということもあるようだ。

害獣駆除は、イタチやハクビシン、アライグマなどの駆除作業をするのだが動物本体の駆除というより、侵入経路を塞いで入れないようにしたり、巣の除去作業が主な仕事となるようだ。

どちらにしても、生物を相手にする仕事なので、工場のラインなどよりは明らかに不測の事態が起こりやすい仕事である。
どうせ働くなら時給の良い仕事をしたい、何か特殊な技術を身につけたいという人向けのアルバイトである。

もしかしたら我が集落のサル駆除もこういった駆除業者が行う予定だったのかもしれない。
だが、人間を60人も襲ったサルを相手にするのはプロでも度胸がいるだろう。
しかし人間に害をなす生物と戦ってくれる人がいるから我々は安全に暮らせているのである。

「縁の下の力持ち」という諺は、縁の下を匍匐前進で奮闘する業者を見て生まれたのかも知れない。

 
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カレー沢薫
1982年生まれ。漫画家・コラムニスト。2009年に『クレムリン』(講談社)で漫画家デビュー。SNSでは“自虐の神”と崇められる人気作家。
Twitter: @rosia29
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