声優インタビュー:赤羽根健治【先輩のオフレコ!】2
プロとして社会で活躍する「先輩」たちの成長の秘密に迫る『先輩のオフレコ!』。声優・赤羽根健治さんのインタビュー2回目の今回は、はじめてのアルバイトや、アルバイトで身に着けた特技についても語っていただきました。さて、赤羽根さんの意外な特技とは…?
僕たちは現場を信じて、芝居をするしかない
―もし声優にならなかったら、なりたかった職業はありましたか?
親父が国鉄時代からJRで働いていたので、子どもの頃は、電車の運転手に憧れていたんですよ。
だから声優になって自分でも驚いていますが、きっと親も驚いているでしょうね(笑)
―親御さんは、声優になることに反対しなかったんですか?
親には反対されませんでした。
僕はあまり意見を主張しない子で、学生時代も人に流されて過ごしていたんですよ。友達が陸上部に入るから、足が早くなったらいいなくらいの気持ちで陸上部に入っちゃうような子だったんです。
ずっと流されて生きてきたので、養成所に通いたいんだって言うのも、親にしたはじめての意思表示だったんです。
親も意外だったみたいで「お前がそういうこと言うのは珍しいから、やるだけやってみたらいいんじゃないか」って言ってくれたんです。
もし反対されたら「じゃあ辞めるわ」ってなってたと思います。もともとが絶対声優になりたかったわけでもないですし、習い事感覚でやろうとしていたので。好きにやらせてもらえて、親には感謝していますね。
―自分でも思いがけず声優になった赤羽根さんですが、ご自身の評価は気にされますか?
評価はよく見ます。でも、いい評価でも悪い評価でも悩むことはないですね。
評価を見ても僕らが大筋を変えることはできないですから。現場で監督や音響監督を信じて、自分たちにできるお芝居をしっかりやるしかないんです。
どんな作品でも、いい意見を言う人もいれば、ダメな意見を言う人もいる。人によってはこう見えるんだとか、こういう風に変えたら違う風に見えるのかなとは思います。でも、評価に流されて芝居を変えることはないですね。
ただ、褒めていただけるのはうれしいです(笑)
打上げなどで共演した役者さんや、スタッフさんに「あそこのお芝居がグッときました!」って言われると「やった!」と思いますね。
僕が役者をやってて今までで一番うれしかったのは、「このままだと赤羽根さんの芝居に負けると思ったので、ここの絵を描き直しました」って言われたときです。芝居に「グッときた!」ってなると、芝居に合わせてアニメーションの方が絵を直してくださることもあるんですよ。何回かあるんですけど、そのたびにこの仕事をやってて良かった、頑張った甲斐があったなって思います。
逆に、すごい絵を描いていただいときは、その絵に負けちゃいけないなと思いながら芝居をしています。
結局チームの仕事なので、声優だけでできる仕事もないですし、アニメーションだけでできる仕事もないんです。お互いに高めあっていけるのが、声優とアニメーターの関係ですね。
人とのつながりが重要になってくる声優
養成所時代に、おもちゃ屋さんでアルバイトをしていました。
一番長くいたアルバイトで4年ぐらい働いていましたね。
おもちゃ屋さんは商品の数が多いので、特徴を覚えるのがとにかく大変でした。僕はベビーカーを売っていたんですけど、結婚もしていないですし、子どももいないですし、やっぱり自分に関係ないと覚えられなくって…。
あとは自転車の組み立てもしていましたね。一台20分ぐらいでできあがるんですけど、その手順を覚えるのにも苦労しました。意外と肉体労働で、男手ってことで配属されちゃったんですよね…、おもちゃ屋ってもうちょっとラクかと思っていたんですけど大変でした(笑)
でも、そのおかげで今も特技に、自転車の組み立てって書けているんですけど。
―他にアルバイトはされてましたか?
養成所に通っている頃、おもちゃ屋さんと掛け持ちで、ヘアカラーのサンプルを作る内職をしていました。
薬局とかに、自分で髪を染めるヘアカラーが売ってるじゃないですか。それと一緒に置いてある人工の髪の毛のサンプルを作るんです。
プラスチックの金具を使って髪の毛を丸めて留めるんですけど、あれは僕に一番向かなかった仕事ですね。
「アルバイト以外で、少しでも稼げる仕事はないかな?」って探しているときに、求人誌を見たらたまたま募集していたのでやってみたんです。子どもの頃、親が内職をやっていたので「いいかもしれない」と思ったんですけど…、想像を絶する難しさがありました。
2週間ぐらいで2000個作らなきゃいけないんですけど、しんどいんですよ。慣れると一個2、3分で作れるんですけど、2、3分を2000個ってかなりの時間ですよね。これじゃあ間に合わないと思って、「お金は払うから手伝って!」ってはじめて仕事で親に泣きつきました(笑)
僕には、延々と同じことをするっていうところがつらかったんですよ。自宅だから気分転換もなかなかできないですし、人見知りなので外で仕事をするよりも、家で作業したほうが気持ち的にラクだと思ったんですけどね…、今考えたら、バイトのシフトを多く入れた方が良かったです(笑)
ウエディングドレスの写真をきれいにするのが楽しかった
―内職は合わなかったとのことですが、接客業で他にされていたアルバイトはありますか?
養成所に通っていた後半の頃には、大きいショッピングモールの一角にあるカメラ屋さんで3年ぐらい働いていました。事務所入ってからも一年ぐらいは続けていたと思います。
もともと写真を撮るのは好きだったということもあるんですが、僕は人見知りなんで、人と会わなさそうな仕事を選んだ結果、カメラ屋さんで働くことにしたんです。
当時はコンビニや飲食店の店員というような、オーソドックスなアルバイトのほうが接客している感が強いと思ったんです。きっと田舎のカメラ屋さんに人はあまり来ないだろうと…、逃げた結果ですね(笑)
でもカメラ屋さんってお得意さまが多いので、話さなくちゃいけないない場面も多かったんです。それは誤算でした(笑)
カメラ屋さんでは、売り場を一人で担当しなくてはならないので、レジを打って、売り場の整理をしてって、全部していました。
僕が一番好きだった仕事は、写真の色をいじることですね。青が強かったら青を抜いて赤を足して色を中和させるとか、おもしろかったです。写真でよくありがちな赤目を取る作業も好きでした。
結婚式の写真も楽しかったですね。いかに花嫁さんをきれいに見せるかって僕の闘いがありました(笑)
結婚式場ってオレンジの照明が多いんで写真もオレンジがかって、真っ白なはずのウエディングドレスに赤が入ってしまうんです。その場合は、赤を全部抜いて、なるべく白を際立たせるようにしました。
そうやってプリントすると、写真を受け取りに来たご夫婦が喜んでくださるんですよ。お嫁さんが「ああ、きれい!」って言っくれたのはうれしかったですね。やった甲斐があるなと思いました。
カメラ屋さんのバイトは、ほんとうにいい経験になりました。
陸上をやってたときはタイムが早い人の勝ちですから、結果が全て数字でわかったんですよ。でも役者もそうですけど、写真は数字じゃわからないですよね。
結局その人が良いって言うか、悪いかって言うかの世界なので、ある人にいいって言われたものを、そのまま別のお客さんに出したらそれは違うって言われる場合もあります。お客さんによっては、調整しないでそのまま出してくれって言う人もいるんです。
人によって思ってることが違うんだっていうのがわかって、すごくおもしろかったです。
それはお芝居のときにも感じていて、こっちの現場で通用したものを、そのまま違う現場に持っていったら通用しないってこともあるんです。どちらも、ほんとうに芸術職だなって思いますね。
最終回の次回は声優とアルバイトを両立しながら働いたカメラ屋さんでの話を詳しく伺います。カメラ屋さんで赤羽根さんがやってしまった失敗談とは…?お見逃しなく!
赤羽根健治 Akabane Kenji
千葉県出身。主な出演作は『真マジンガー 衝撃!Z編 on television』(兜甲児役)、アニメ『THE IDOLM@STER』(プロデューサー役)など。最新作にアニメ『時間の支配者』(ブレイズ役)、アニメ『正解するカド』(浅野修平役)、『イケメン戦国』(猿飛佐助役)がある。
撮影:田形千紘
ヘアメイク:佐茂朱美
取材:舟崎泉美
撮影地:Copains de 3331・3331 Arts Chiyoda
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