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2017年06月28日

YU-TA(HERO)インタビュー『バイトを掛け持ちしてでも、上京する資金を貯めたかった』【俺達の仕事論vol.11】

HERO YU-YA インタビュー タウンワークマガジン

日夜、洗練されたメロディやリズムでファンを魅惑し続けるヴィジュアル系バンドのアーティストたち。いまは表舞台で活躍する彼らだが、そこに至るまでには様々な苦労体験や成長エピソードがある。この連載では、そんな彼らが日頃語らない過去の出来事やバイト体験について掘り下げます。

結成10周年を迎えるHEROのベーシストYU-TA。ライヴでのアグレッシブなパフォーマンスから、とっつきにくいイメージがあるが、ステージを降りれば穏やかなナイスガイ。バイト先でも年配のスタッフから可愛がられていたというYU-TA。楽しくバイトをする極意を聞きました。

 

高校時代はバイトで失敗続き。自分がイヤになりました(苦笑)

HERO YU-YA インタビュー タウンワークマガジン――YU-TAさん、数々のバイトを経験されているんですよね。

そうですね、いろいろなところで働きました。最初は、ガソリンスタンド。16歳になった瞬間に、すぐバイトを始めたんですよ。というのも、中3の頃から、東京でバンドをやるために地元の岐阜を出ようと思っていたから、できるだけお金を貯めておきたかったんです。

――早くから決意を固めていたと。いろいろと選択肢はあったと思うんですけど、どうしてガソリンスタンドを選んだのでしょう?

僕が働いていたガソリンスタンドは大通り沿いにあって、「高校生OK」って書いてあったからっていう、それだけの理由です(笑)。一緒にバイトを始めた友だちは3日でやめ、僕は4日でやめてしまったんですけど(苦笑)。

――高校生にとっては、大変な仕事でしたか?

ガソリンスタンドって、給油や車の簡単な清掃のほか、道路に出る際に誘導をしなきゃいけないじゃないですか。でも、まだ免許を持っていない16歳としては、交通ルールをよくわかっていないわけで……。もちろん、最初にお店の人からレクチャーは受けるものの、お客さんに「大丈夫なの⁉」って心配されながら誘導するっていう。続けるのは危ないと思って、自分から辞めたんです。

次にバイトしたのは、スーパーの地下にある食品売り場。友だちの紹介で入って順調に働いていたんですけど、1か月くらい経ったころ、友だち数人が売り場に来てくれて、しゃべりながらレジを打っていたんですね。そうしたら、たまたまお偉いさんが視察に来ていたらしくて……。

――たまたまなのに、勤務態度が不真面目だと判断されてしまったわけですか。

そうです。その日の仕事が終わったあと、いきなりクビを宣告されて。若かった僕は、「上等だよ!」っていう感じで、やめてしまったんです。その後、和食屋さんの厨房でバイトをしたんですけど、豚カツの下準備として、豚の切り身を溶いた玉子につけておくっていう意味で「カツつけといて」って言われたのに、勘違いした僕は、全部揚げちゃったんですね(笑)。

――指示した人、驚いたことでしょうね(笑)。

その一件で自分がイヤになり(苦笑)、そこもすぐ辞めちゃいました。その次にバイトしたのはおにぎり屋さんなんですけど、そこでは型にごはんと具をのせて海苔を巻いておにぎりを作ったり、商品を陳列棚に並べたり、レジを打ったりして。上京直前まで3年近く続きました。僕のバイト史上、最長記録です。

――長く続いたのは、仕事がYU-TAさんに向いていたんでしょうか?

店長さんが、ものすごくいい人だったんですよ。今も1年に1回くらい、いまだに連絡を取り合っていますからね。本当に、面倒見のいい温かい人柄なんです。そして、高校卒業後は、学校に通わないぶん、昼間の時間が空くので、上京資金をがっつり貯めるためにも、朝から夕方まで氷工場で働いて、夜はおにぎり屋さんで働くようになったんです。

 

周りの人に恵まれた工場バイト。仕事と真面目に向き合うように

HERO YU-YA インタビュー タウンワークマガジン――氷工場でのお仕事というのは……。

氷の需要が多くなる夏にバイトをしていたんですけど、大きなプレート氷を切り出したり、氷が入った袋を上から押して穴が開いていないか確かめたり、一箱13kgくらいの箱詰めされた氷を6段ずつ積み上げていったり。一瞬も気を抜けない、たたみかけるような工程で、思っていた以上にハードでしたね。

――しかも、そこで終わりではなく、夜はおにぎり屋さんでのお仕事が待っているわけで、よく掛け持ちできていましたね。

氷工場も、一緒に働いているおっちゃんたちがみんないい人だったんですよ。ベテランさんに言わせると、そのとき工場で働いていたメンツっていうのが特に仕事ができる人ばかりだったみたいで。上から2番目にえらいフォークリフト担当の人が、「せっかくこんなに出来るやつばっかり集まっているんだから、夏だけじゃなくてずっと一緒に働きたいよな!」って言っていて。

それを聞いて、僕もそのメンツの中の一人だと思うと、すごく嬉しかったですよ。だから、その言葉はよく憶えています。

――そういう職場だと、体力的にはきつかったとしても、働く喜びを感じられますよね。

そう、「頑張ろう!」と思えるので。それまではちゃらんぽらんなところもありましたけど(苦笑)、働いてお金をもらうということに対して真面目に向き合うようにもなったし、なによりお金を貯めて、東京に行きたかったんですね。だから、バイトを掛け持ちしていても、全然苦ではなかったです。

――「上京したい!」という強い気持ちが、バイトを頑張るモチベーションにもなっていたと。その後、念願叶って上京されたあとにも、いろいろなバイトをされたんですよね?

実家を離れたわけで、生活を安定させるために、池袋の街を歩いてバイトを探して。まずは西武デパートの裏で荷ほどきや運搬の仕事を始めました。でも、上京後、すぐにローディー(バンドの付き人)を始めたので、もっと時間の融通の利くバイトを求めて、そこからいろいろ仕事を転々として……派遣とか、テレアポもやりました。

あと、家電やオーディオ、衣料品のリサイクル店で働いたりもしました。そのときはもうHEROを始めていたので、頭半分の金髪を隠すために、カツラをかぶって。それでレジに立つと、気づくお客さんもいて、怪訝そうに僕の頭をチラ見するんです。それで、「俺はハゲてるわけじゃない!」って、心の中で叫びつつ(笑)。

 

とにかく笑顔でいれば大丈夫。俺はそう思っている

HERO YU-YA インタビュー タウンワークマガジン――バンドをやるためなら、そんな我慢もしていたと。

そう、すべてはバンドをやるため。で、料理屋の厨房なら表に出ないから、髪の毛の色が派手なバンドマンにはもってこいの仕事なんですよ。ですから東京では飲食店の厨房で何か所かで働きました。お金がなくて、つねにお腹を空かせていたから、まかないがついているのもありがたかったし、本当はいけないんですけど、ケーキを切りながらつまみ食いしたこともあります。

そういう厨房での仕事を経験して、最初は苦手だった料理が、できるようになりました。

――一石二鳥ですね。上京後、もっとも長く続いたバイトは?

コンビニですね。一緒に働いているおばちゃんたちに、休憩時間、よく向かいの中華料理屋さんでご飯を食べさせてもらったりして。そこも、いい人ばかりでした。

――おにぎり屋さんや氷工場にしても然り、きっとYU-TAさんが愛されキャラで、コミュニケーション能力が高いからではないでしょうか。

おじちゃん、おばちゃんに好かれるっていうのは間違いないですね(笑)。繁華街のコンビニで働いたときは、ガラの悪そうな人もよく来たし、クレイマーみたいなお客さんもたまに来ましたけど、僕は全然怖くなくて。

――どう乗り越えるのでしょうか。普通、怖いですよ⁉

とにかく笑顔でいれば、大丈夫。俺はそう思っていました。だからだいたいは、むしろ仲よくなっちゃうんですよ。もともとは人と接するのが得意じゃなかったのに、レジでいろんな人と接するうちに得意になっていって。それは、今に活きているなと思いますね。

――そんなYU-TAさんからバイトで頑張る人にアドバイスしてあげるなら?

声を大にして言いたいのは、「もし自分に合わないなと思ったら、躊躇せずに別のバイトを探したほうがいいよ」ということですね。嫌々やっていたら、いい仕事も、その職場でいい人間関係を作ることもできないと思うし。一度の人生ですからね、バイトするにしても、楽しんで働ける場所を見つけてください。

HERO YU-YA インタビュー タウンワークマガジン

■Profile
YU-TA(HERO)

今年結成10周年を迎えるHEROのベーシスト。HEROはヴォーカルJINのキャッチーなメロディーにタイトなバックのサウンドが特徴で、ヴィジュアル系ロックの中でも骨太で“ロック”なバンドアンサンブルを誇る。とくにYU-TAのタイトなベースプレイはバンドサウンドの要である。

◆HERO OFFICIAL SITE:https://hero-izm.com/
◆Official Twitter:@hero_yu_ta
◆アメーバブログ:http://ameblo.jp/hero-yu-ta

企画・編集:ぽっくんワールド企画 取材・文:杉江優花 撮影:内藤恵美 ヘアメイク:MIHOKO

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