テンシ(the Raid.)インタビュー 『やりたいことを形にするためにバイトは必要なことだった』【俺達の仕事論vol.48】
昨年から今年春にかけて74本のワンマンツアーを行ない、現在は8月からの47都道府県ツアーをスタートさせるなど、各地に足を運び、全国で精力的な活動を続けるthe Raid.(レイド)。高校生の頃から“バンドへの思いは変わっていないという”ベースのテンシさんに、生活の基盤を支えたというバイト経験について伺いました。
楽器代がほしくてバイトを始めた高校時代
——これまでのバイト経験について教えてください。
高校2年でバンドを始めた時に楽器が欲しくて、回転寿司のチェーン店で働きました。そこで卒業までの2年働いた後、上京してからは派遣も含めていろいろなバイトをしました。
——回転寿司店での初めてのバイトはどうでしたか?
僕は握り担当だったんですけど、作業としては流れてくるシャリにネタを乗せるだけでした(笑)。
——乗せるネタは自分で選んでいくんですか?
ネタがシートで色分けされていて、その時々に必要な色で指示がくるんです。たとえば“緑3”っていう指示が出たら、一覧にしてある表の中から、緑の枠に書いてあるネタを3皿ずつ作って流していく。一番お客さんが多い時は、“ピンク5”だったのは覚えていますね(笑)。ピンクは全部を指すので、すべてのネタを5皿ずつ“作って出す”の無限ループでした。
——失敗エピソードはありますか?
お寿司のネタをのせる以外に朝からの仕込みもあったんですけど、マグロを解凍して切る時に、包丁を入れる方向を間違えて全部廃棄になってしまったことがあります。あれは本当に申し訳なかったですね。切り方1つで味が変わることを当時学びました。
——初めてのバイト代の使い道は覚えていますか?
親に「今日はみんなのごはん作らなくて大丈夫だから」と伝えて、その寿司店で一番大きな折詰(おりづめ*食品を箱に詰めたもの)を買って帰りました。残りは、高校生の頃から将来は上京してプロになろうと思っていたので、楽器を買うためと上京資金のために貯金をしました。
上京後は生活のため、バイト探しに必死だった
——上京後についても教えてください。
知り合いもメンバーも1人もいない状態で東京に来たので、まずは“働かないと!”と思ってバイトを探しました。回転寿司の経験しかなかったので、バイトといえば飲食っていうイメージがあったから、最初は家の近所で居酒屋を探したんです。でも、シフトが数日しか入れなかったり、金髪がダメだったりでなかなか決まらなくて。
たとえば面接時に「来週もう1回来てもらえますか?」って言われても、“俺にはそんな猶予ないぞ!”って心で悲鳴をあげるという(笑)。なかなか決まらなくて焦った結果、派遣に登録して短期のティッシュ配りをしたり、引越し業とか、工場で働いたりもしました。定期的な居酒屋でのバイトが決まったあと、派遣と掛け持ちで働いていた時期もあります。
初めての東京。バイト先が自分の居場所でもあった
——居酒屋はキッチンですか?
はい。朝からランチの仕込みをして夜の営業が終わるまでフル稼働でしたね。ちょうど人手が足りなくて困っている状態だったらしくて、「翌日から来て欲しい」って言われたのが決め手でした(笑)。
——その店にはすぐに馴染めましたか?
僕がキッチン担当で、ホールが1人、店長が全体を見るっていうスタッフが3人の小さめの居酒屋だったんですけど、元からのスタッフが最初からフレンドリーに接してくれたので、僕はそこに甘えさせてもらった感じですね(笑)。
営業が終わって落ち着いたら、毎回みんなで「お疲れ様」の乾杯をしたり、お腹がすいていればご飯を食べてっていうアットホームな感じで。当時は東京に友だちもいなかったし、ある意味そのバイト先が東京での初めての居場所というか……バイトは本当に出会いの場でもあるんだなと思いました。今のバンド(the Raid.)に入る直前まで、3年くらい働いていました。
——居酒屋で働くまでに料理経験は?
家では全くしてなかったんですけど、基本的にはマニュアルを参考にすれば出来ました。ただ、“出汁巻き卵”だけは、ほぼ毎日オーダーがある人気メニューだったので事前に練習しました。バイトを辞めてからは作ってないけど、たぶん上手に出来ると思います。
——居酒屋でのハプニングなどがあれば教えてください。
実は大事件があったんです。フライの鍋周りを掃除していた時に、手が滑って油を浴びて大ヤケドをしてしまって。お店の指導もあったから、完全に自分のミスなんですけど、顔を全部ヤケドして絶対安静で1週間過ごしました。幸い痕も残らず治ったんですけど、ちょっとしたミスで事故になってしまうこともあるので、調理場でバイトする際は、慣れてきた時が一番怖いです。当たり前の事ではあるんですけど、油だけでなく、火や包丁にも気をつけてください!
——大事にいたらなくてよかったです。上京後、居場所にもなっていた居酒屋ということで、辞める時に寂しさはなかったですか?
それが僕が辞める直前に、店長が違う店舗に移ってしまったんです。なので、寂しさはなかったんですけど、辞める時はちゃんと別店舗にいる店長のところに挨拶に行きました。
——働いていた当時、バンドをやっていることは店に話していたんでしょうか?
はい。ただ、バンドにはまったく興味のない人だったので、「まぁがんばれ」っていうくらいで(笑)。数年後、the Raid.で初めて雑誌の表紙になった時に連絡したら、「すごいね」とは言ってもらったんですけど。これからまだまだバンドとして大きくならないといけないなと思っています。
お客さんの引越し先がグレードアップする様をみて、“みんな頑張ってるんだ”と肌で感じた
——では、派遣で働いたバイトで印象に残っている仕事は?
引越しですね。1日3件担当するんですけど、作業が終わってしまえば終了なので、昼とか夕方で終わることも多くて、それは気に入っていました。
僕が担当した引越しは、どの家も“元の部屋”より“新しい部屋”の方が良い環境になっていて。広くなったり、立地がよくなったりと、引越しでグレードアップしているのを見られたことで、“みんな頑張っているんだな”と思えて気持ちが引き締まりました。
——そういった見方を出来るのはステキですね。他にも何かバイトはしましたか?
たくさんあるんですけど、向いていない仕事もありました(苦笑)。工場での豆の選別で、流れてくる豆の中からダメなものを抜いていくんですけど、それがしんどくて……。同じことの繰り返し作業が苦手でしたね。
——向き不向きがあると。
そうですね。逆にいうと、1日ずっと集中力を保って淡々と仕事をこせる人は本当にすごいと思いました。そういう自分の向き不向きはバイトをしてみて初めて知ったことです。
勢いでベースをオーダーメイドで購入!だからこそ、バンドもバイトも本気に。
——では、これまでのバイト代で購入した印象深いものはありますか?
上京してすぐに買ったベースです。憧れのメーカーがあったので、上京して店舗に買いにいったんですけど、買おうと決めていたベースがその時は店になくて。店員さんと話していたら、オーダーメイドを勧められて注文してしまったんです。
——“しまった”んですね(笑)。
地元で貯めたお金があるとはいえ、家賃とかケータイ代、そのうえベース代として月2万のローンだったので、“本気でバイト頑張らないと生活できない”って思いましたね。でも、そこで全てに対して本気になったというか……あのキッカケがなかったら、バイトを掛け持ちしてまで頑張れてはいなかったかもしれないです(苦笑)。そのベースは、今も大事に使っています。
——それだけハードなバイト生活の中で、不安になることはなかったですか?
高校生の頃に“バンドをやる”と決めてから、“すべてがバンドのため”っていう気持ちはずっと変わっていないので、当時はバンド活動より圧倒的にバイトをしている時間が長かったけど、そこは大丈夫でした。
そういう意味では、僕の場合、“楽器が買いたい”“バンドで○○したい”とか明確な目的があったので、やりたいことを形にするための方法がバイトでしたね。でも、そこで経験したこと・出会いのすべてが今につながっていると思うので本当に有意義な時間だったと思っています。
テンシ(Bass)
2011年に結成、メンバーチェンジを経て2016年に現メンバーとなったthe Raid.(レイド)。2016年7月に新体制として初となる1stシングル『Re:born』をリリース。全国を隈なく廻るなど、地方でのライヴも継続して展開し、2018年から2019年春にかけて全74本ワンマンツアー『見栄と現実』を開催。
◆the Raid. OFFICIAL SITE:http://the-raid.net/
◆テンシ Official Twitter:@theRaid_tenshi
*すべての詳細は、http://the-raid.net/
企画・編集:ぽっくんワールド企画 取材・文:原千夏 撮影:河井彩美