カレー沢薫の「バイト丸わかり図鑑」ファミレスキッチンスタッフ編
自分が平素利用しているチェーン店が全国にあると勘違いしているというのは地方民あるあるだが、逆に全都道府県に存在する店の方がレアなのである。
有名コンビニやファミレスでも、ない県にはないのだ。
よってネットで「初デートで某イタリアンファミレス選ぶ男とかありえない!」などという記事を見るたびに、初デートにファミレスを選ぶ男より「そのファミレスがない県だってあるんだぞいい加減にしろ!」と、そのファミレスがどこにでもあること前提に議論をはじめようとする相手に怒りを覚えてしまう。
だが逆に地方にしか存在しないファミレスというものもある。
最近、我が地方を長年支えてきた格安ファミレスが大量閉店するといニュースを聞いた。
あの固いソファー、冷たい便座、始発を待つにはあまりにも寒すぎる店内、辛かった青春の日々が去来し「時代が終わろうとしている」と実感した。
このように、種類は違えどファミレスというのはどこにでもあり、誰しもろくでもない思い出の一つや二つ持っているものである(個人の感想)。
つまりアルバイト先としてはかなりの鉄板であり、高校生可のところも多いので、初めてのバイトはファミレスという人も結構いるのではないだろうか。
しかし、自分のような、コミュニケーション能力に自信がない者は、接客はちょっと、と敬遠しがちである。
だが、ファミレスのアルバイトというのは、接客をするホールスタッフだけではないのだ。
それが今回紹介するファミリーレストランの「キッチンスタッフ」である。
個人経営の店になると、キッチンとホールが完全にワンオペで「ビールは自分で取るからいいよ」と言いたくなるような店もあるが、ファミレスとなれば、大体ホールとキッチンの業務は分かれている。
ファミレスのキッチンスタッフの仕事は、材料の仕込み、簡単な調理と盛りつけ、そして食器洗いなどである、つまり完全な裏方の仕事で、お客さんと直接接することはあまりない。
「このあらい(※)を作ったのは誰だ!」と呼びつけられることがないとは言い切れないが、おそらくそう言うタイプのお客様はファミレスにはあまりいらっしゃらないと思うし、メニューにあらいがあるファミレスもレアだと思う。
調理というからには料理が出来なければダメかというとそんなことはない、包丁を見ると意識が遠のき、気づいたら知らない部屋のベッドで隣に包丁が寝ていた、というタイプの人は困るが、特に調理技術は必要ない。
ファミレスのメニューというのは作り手によって味や見た目が変わるようでは困るので、誰が作っても同じようになるように、何と何を入れてフライパンで3分炒めたのち窓からドーン、など作り方が完全にマニュアル化されているのでその通りに調理すれば良いだけである。
逆に「料理の腕を生かしたい」という人には物足りないかもしれない、当たり前だが調理業務に己の独創性を発揮すると怒られる。
だが、日頃から料理をしている人の方が、仕事には慣れやすいと言える。
では接客もなく、マニュアル通りに仕事をするとなると、工場のような集中力を要する単純作業になるか、というと、そうでもない。
ひたすらハンバーグだけ作り続ける係で、バイト仲間からハンバーグ師匠と呼ばれるような仕事なら良いが、ファミレスは豊富なメニューが売りである。
それらの多彩なメニューが混雑時には一気に注文されるため、あちらの注文を作っている間にこちらの注文の盛りつけをしたりと、キッチンはかなりのマルチタスク状態になるため「手ぎわ」が重要になってくるそうだ。
逆に一つの料理に集中しすぎると、他の料理の提供が遅れたり、すっかり忘れるという事態を招きかねないのだ。
いくらマニュアル通りで、機械化されていても、人間がボタンを押すのを忘れたりしたら料理の出来上がりは遅れてしまう。
筆者は昔、回転寿司屋でバイトをしていたが、その際、米を焚く釜のスイッチを押すのを忘れるという痛恨のミスを犯したことがある。
米に乗っていなかったら、もはや寿司ではない、刺身、もしくはただのコーンにマヨネーズを混ぜたやつだ。
ファミレスでそこまで重大なミスはないにしても何かをすっかり忘れたせいでお客さんを大幅に待たせるということはある。
そうなると、怒られるのはホール担当である、キッチンスタッフは接客する必要はないが、自分のせいで責任のないホールが怒られる可能性があるという点では責任重大である。
また、キッチンスタッフ全員が三番テーブルのチョリソーを温めていた、となっても困るので、キッチン内でのコミュニケーションは重要だ。
そしてマニュアル通りにやれば良い、と言っても逐一マニュアルを確認していたら仕事が追いつかないため、自ずとメニューや調理手順をある程度暗記することが求められるようだ。
このように、割と忙しいキッチンスタッフなのだが、前述の回転寿司屋で働いていた時も、ホールよりも今日はキッチンに入れと言われたときの方が嬉しかったし、割と楽しかったとも記憶しているのでコミュニケーション能力に自信がなくてもキッチン専門で働くのは十分ありだと思われる。
ただ、米を焚き忘れた後、どうなったかは記憶していない、包丁とベッドインしていたということはないが嫌な思い出過ぎて脳が抹消したのだと思う。
とにかく、落ち着いてやれ、というのが経験者からのアドバイスだ。
(※)あらい=刺身などの調理法のこと
▼カレー沢薫の「バイト丸わかり図鑑」▼
そのほかの記事を見る(記事一覧はこちらから)
▼前回・前々回記事を見る▼

カレー沢薫さんが世にあるさまざまなバイトを独自の視点で紹介するコラムです。今回は書店バイトについて。「私事だが、先日連載している漫画が打ち切りになりかけた。私が平素から『無職』と名乗っているのは……」

働いていようがいまいが、飯を食う必要があるのが我々であり、そういった意味で、今回は世の中に不可欠な仕事の紹介である。食品工場での「食品製造」が今回紹介するアルバイトだ。