カレー沢薫の「バイト丸わかり図鑑」イタリアンバイト編
私は誇張ではなく1年の内300日は夕飯にパスタを食べている。
仮に嘘があるとしたら「本当は320日」という過少申告罪だ。
別に食という行為に絶望しているわけではなく、単純にパスタが好きだから毎日食っているだけであり、むしろ「絶望の中に残された唯一の希望」と言っても良い。
パスタのパはパンドラの箱のパである。
ただ、毎日違うイタリアンレストランに行き、違うパスタを食べる、というようなグルメではない。
むしろ5キロほどまとめ買いしたパスタに毎日同じレトルトミートソースをかけて食べている。
私の食生活については語れば語るほど、得体の知れない何かの話になってしまうのでこれ以上は割愛する。
逆に残りの65日は何を食っているのかというと「点滴」と言いたいが普通の食事か、ごく稀に外食もする。
ごく稀、というのは本当に稀であり、正確には「2回」であり、家人の誕生日と私の誕生日だ。
「誕生日に何を食べたいか」と聞かれると瞬時に「パスタ」が思い浮かぶのだが、それは昨日も食ったし、明日も食う、ということで大体「焼肉」を食べにいくことが多いのだが、最近、年のせいか焼肉を食べると百発百中腹を下すようになってしまった。
今年の誕生日など、店を出た30秒後に腹を下し、300メートル先 のコンビニトイレにダッシュ、さっき食べたものを全リリースという世界新記録を樹立してしまった。
しかし、この記録は選手である私だけの功績ではなく「家まで我慢」ではなく「コンビニ」を選んだ私の名采配があってこそのものである。
この選択がなければ、今頃私は記録どころか社会的に死んでいたかもしれない。
焼肉は美味いのだが、そろそろ命を賭けたギャンブルからは足を洗う時期かもしれない。
私の社会的生命はグラム78円ぐらいなのでそこまで惜しくはないのだが、同行する家人の命までベットされていることを考えれば「潮時」だろう。
そんなわけで来年の誕生日は、家で300日パスタを食べ、外でもパスタを食うという、さらに得体の知れない何かへの第一歩を踏み出そうと思う。
今回紹介するのは、私のネクストステージ会場になる予定の「イタリアンレストラン」である。
飲食店のアルバイトは、大体ホールとキッチンに分かれるが、イタリアンバイトの求人はホールが多いそうだ。
ホールの仕事は席案内、オーダーの伺い、料理をテーブルまで運ぶ、席の片づけ、などである。
基本的に他の飲食店と同じなのだが、ファミレス感覚で応募するのは早計である。
「夕飯を作るのがダルい」という理由で何の気なしに入った飲食店から蝶ネクタイをした店員 が登場、客は全員結婚記念日など明らかに「スペシャルデイ」を匂わせる装いで、慌てて素数と財布の中の札の枚数を数える羽目になった、という経験をしたことがある人も多いと思う。
このような飲食店トラップの中でもイタリアンレストランはかなり高難易度なのである。
「フランス料理」であれば「小腹空いた」というノリで入らないと思うし、すし屋は回ってるか回ってないかである程度判断できる。
しかし「イタリアン」というのは、ファミレスからコース料理を出すところまで幅が広い。
さらに外観では判断できないことも多く「たらこスパでも食うか」と入った店で「ディナーはコースのみ」という物騒なことを言われることもしばしばだ。
ただ「雰囲気のいいイタリアンレストラン」と思って彼女を連れていったら、イタリアンファミレスチェーンだった、という逆事故よりはマシかもしれない。
働く時も同様であり、同じイタリアンでも高級イタリアンレストランとイタリアンファミレスでは話が大分違ってくる。
まず一番格調高いのが「リストランテ」と呼ばれるイタリアンレストランで、ホールも一流のマナーを求められ、料理の説明やワインの知識なども必要になるので、応募するならそのつもりでいよう。
次にトラットリア、オステリア、ピッツェリアなどがある。
リストランテに比べるとカジュアルだが、メニューやワインリストは豊富で、料理の説明や提案を求められることもあるという。
次にパスタ屋だ。
パスタというのはカレーと同じく、日本で独自かつ幅広すぎる発展を遂げた食べ物なので、パスタの専門店というのも存在する。
メニューがパスタだけなら楽そうな気もするが、ある意味一番混迷を極めているのがこのパスタ屋という説もある。
チェーン店から、パスタに人生を捧げた店主の個人店まであるため、結局覚えるメニューが多かったり「ペペボナーラ」のような、他店にはない創作パスタの説明を1日100回することになったりもする。
最後に、みんな大好き、安心のイタリアンファミレスだ。
ファミレスとてメニューは豊富であり、覚えることが少ないということはないが、仕事はほぼ完全にマニュアル化されており「この料理にあうワインを選んでくれ」などのアドリブや本格イタリアン知識を求められることは稀である。
このようにイタリアンバイトと言っても、店の雰囲気や求められるものは様々である。
高級レストランの接客経験やイタリアンやワインの知識があり、それを生かしたい、または伸ばしたいという場合はリストランテ、回転率が高く慌ただしくてもマニュアル通りに働く方がいい、という場合はファミレス型など、自分にあった店の求人に応募しよう。
あと飲食店のアルバイトの魅力といえば「まかない」である。
当然全ての店にまかないが出るわけではないが、出るところであれば、イタリアンのまかないを食べることができる。
これは一般的に見れば利点であるが、私はあえてそれを利点とは言わない。
何故なら私にとってパスタは最後に残った希望だからである、ベストな状態で食べたい。
「バイトの控室で他の従業員に見られながら」という環境なら例えタダでも食わない方がましである。
よって私がイタリアンバイトをするなら、そのバイト代でパスタを買って帰り、部屋で一人食べたいと思う。
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